・・・「ロシア人をいじめて、泣いたり、おがんだりするのに、無理やり引っこさげて来るんだからね、――悪いこったよ、掠奪だよ。」 彼は嗄れてはいるが、よくひびく、量の多い声を持っていた。彼の喋ることは、窓硝子が振える位いよく通った。 彼は・・・ 黒島伝治 「橇」
・・・あなたなんか、ヤイヤイ云われて貰われたレッキとした堅気のお嬢さんみたようなもので、それを免職と云えば無理離縁のようなものですからネ。」「誰も免職とも何とも云ってはいないよ。お先ッ走り! うるさいネ。」「そんならどうしたの? 誰か高慢・・・ 幸田露伴 「鵞鳥」
・・・一応は無理からぬことである。 されど、天命の寿命をまっとうして、疾病もなく、負傷もせず、老衰の極、油つきて火の滅するごとく、自然に死に帰すということは、その実はなはだ困難のことである。なんとなれば、これがためには、すべての疾病をふせぎ、・・・ 幸徳秋水 「死刑の前」
・・・「とうさん、五間で四十円なんて、こんな安い家をさがそうたって無理だよ。」「そりゃ、ここの家は例外サ。」と、私は言った。「まあ、ゆっくりさがすんだナ。」「なにも追い立てをくってるわけじゃないんだから――ここにいたって、いられないこ・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・ 三 ウイリイは厩へかえって、自分の、灰色の小さい馬に、王さまがこんな無理なことをお言いになるが、どうしたらいいだろうと相談しました。「それはあなたが一ばんはじめに拾った羽根のたたりです。私があれほど止めたの・・・ 鈴木三重吉 「黄金鳥」
・・・その時わたしがあの人に無理に頼んで、お前さんにキスをさせたのね。あの人はこうなれば為方がないという風でキスをする。その時のお前さんの様子ってなかったわ。まあ、度を失ったというような風ね。それがその時はわたしには気が付かなかったのだわ。そして・・・ 著:ストリンドベリアウグスト 訳:森鴎外 「一人舞台」
「その作家の日常の生活が、そのまま作品にもあらわれて居ります。ごまかそうたって、それは出来ません。生活以上の作品は書けません。ふやけた生活をしていて、いい作品を書こうたって、それは無理です。 どうやら『文人』の仲間入り出・・・ 太宰治 「或る忠告」
・・・ドリスが珍らしがるのは無理もない。これまでした旅行は、夏になってイッシュルなぞへ行っただけである。景色が好いの、空気が新鮮だのと云うのは言いわけで、実は外の楽しみの出来ない土地へ行っただけである。こんな風で休暇は立ってしまった。そして存外物・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
・・・実際、君を好男子と思うのは無理はないよ。なんとかいう記者は、君の大きな体格を見て、その予想外なのに驚いたというからね」 「そうですかナ」と、杉田はしかたなしに笑う。 「少女万歳ですな!」 と編集員の一人が相槌を打って冷やかし・・・ 田山花袋 「少女病」
・・・それで重力の秘密は自明的に解釈されると同時に古い力学の暗礁であった水星運動の不思議は無理なしに説明され、光と重力の関係に対する驚くべき予言は的中した。もう一つの予言はどうなるか分らないが、ともかくも今まで片側だけしか見る事の出来なかった世界・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
出典:青空文庫