・・・チンネフ君はベットに這入ってから永い間ゴソゴソ音を立てて動いていたが、それがどうしているのだか、異国人の自分にはどうしても想像が出来なかった。 翌日はレエゲンシタインの古城を見に行った。ただ一塊りの大きな岩山を切り刻んで出来たものである・・・ 寺田寅彦 「異郷」
・・・ヴァニラの香味がなんとも知れず、見た事も聞いた事もない世界の果ての異国への憧憬をそそるのであった。それを、リキュールの杯ぐらいな小さなガラス器に頭を丸く盛り上げたのが、中学生にとってはなかなか高価であって、そうむやみには食われなかった。それ・・・ 寺田寅彦 「銀座アルプス」
・・・そういう中に交じってみると、自分がただ一人間違ってまぎれ込んだ異国の旅人でもあるような心持がして何となく圧迫を感じるのである。それかと云って、もう少し気楽なところでは、卓布や食器がひどく薄汚かったり、妙に騒々しかったり、それよりも第一料理が・・・ 寺田寅彦 「雑記(2[#「2」はローマ数字、1-13-22])」
・・・しかし異国的なゴムの葉のにおいばかりは、少なくも当時の自分の連想の世界を超越した不思議な魔界の悪臭であった。この悪臭によって自分はこの現世から突きはなされてただ一人未知の不安な世界に追いやられるような心細さを感ずるのであった。もちろんその当・・・ 寺田寅彦 「試験管」
・・・実に無意味なおもちゃであるがしかしハーモニカやピッコロにはない俳味といったようなものがあり、それでいて南蛮的な異国趣味の多分にあるものであった。 むきになって理屈を言ってる鼻の先へもって来てポペンポペンとやられると、あらゆる論理や哲学な・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・……異国へ来たという事実がしみじみ腹の中へしみ込んだ。 寺院の鐘が晴れやかな旋律で鳴り響いた。会堂の窓からのぞいて見ると若いのや年取ったのやおおぜいのシナの婦人がみんなひざまずいてそしてからだを揺り動かして拍子をとりながら何かうたってい・・・ 寺田寅彦 「旅日記から(明治四十二年)」
・・・ 子供の時分にナショナルリーダーを教わったときに生れてはじめて雪橇というものの名を聞き覚え、その絵を見て、限りなき好奇心と異国の冬への憧憬を喚び起こされたのであったが、その実物をこの眼に見、その鈴の音を耳にしたのは実にこの夜が初めてであ・・・ 寺田寅彦 「追憶の冬夜」
・・・そうして自分とは縁のない遠い異国の歴史と背景が産み出した新思想を輸入している。伝来の家や田畑を売り払って株式に手を出すと同じ行き方である。 新思想の本元の西洋へ行って見ると、かえって日本人の目にばかばかしく見えるような大昔の習俗や行事が・・・ 寺田寅彦 「田園雑感」
・・・の中に、こういう異国の珍しく美しい物語が次第に入り込んで雑居して行った径路は文化史的の興味があるであろう。今書店の店頭に立っておびただしい少年少女の雑誌を見渡し、あのなまなましい色刷りの表紙をながめる時に今の少年少女をうらやましく思うよりも・・・ 寺田寅彦 「読書の今昔」
・・・それらを見るに及んで、異国の色彩に対する感激はますます烈しくなった。 大正二年革命の起ってより、支那人は清朝二百年の風俗を改めて、われわれと同じように欧米のものを採用してしまったので、今日の上海には三十余年のむかし、わたくしが目撃したよ・・・ 永井荷風 「十九の秋」
出典:青空文庫