・・・空は片雲なく、地は霜柱白銀のごとくきらめく。小鳥梢に囀ず。梢頭針のごとし」二月八日――「梅咲きぬ。月ようやく美なり」三月十三日――「夜十二時、月傾き風きゅうに、雲わき、林鳴る」同二十一日――「夜十一時。屋外の風声をきく、たちまち・・・ 国木田独歩 「武蔵野」
・・・観客はカメラとなって自由自在に空中を飛行しながら生きた美しい人間で作られたそうして千変万化する万華鏡模様を高空から見おろしたり、あるいは黒びろうどに白銀で縫い箔したような生きたギリシア人形模様を壁面にながめたりする。それが実に呼吸をつく間も・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(4[#「4」はローマ数字、1-13-24])」
・・・づるや碓たててきらきらとひかる塊つきて粉にする筧かけとる谷水にうち浸しゆれば白露手にこぼれくる黒けぶり群りたたせ手もすまに吹鑠かせばなだれ落るかね鑠くれば灰とわかれてきはやかにかたまり残る白銀の玉銀の玉をあまたに筥に収れ荷緒・・・ 正岡子規 「曙覧の歌」
・・・自分の欲求や野心から発する息苦しい熱ではなくて、それ等を極みない白銀の雰囲気の裡に、たとい瞬間なりとも消滅させる静謐な光輝である。秋とともに在って、私は無私を感ずる。人と人との煩瑣な関係に於ても、彼我を越えた心と心との有様を眺める。心が宇宙・・・ 宮本百合子 「透き徹る秋」
・・・あたりには、龍涎香を千万箱も開けたような薫香に満ち、瑪瑙や猫眼石に敷きつめられた川原には、白銀の葦が生え茂って、岩に踊った水が、五色のしぶきをあげるとき、それ等の葦は、まあ何という響を立てることでしょう。 胡蝶の翅を飾る、あの美くしい粉・・・ 宮本百合子 「地は饒なり」
・・・りでだまって家ににげ込んだ…… 見たまま空色に 水色にかがやいて居る紫陽花に悪魔の使か黒蝶が謎のとぶよにとんで居る、ヒーラ、ヒーラ、ヒーラわきにくもめが白銀の糸でとり手を作ってるヒーラ・・・ 宮本百合子 「つぼみ」
・・・飛びぬ我心 得も忘れ得ぬ君のかたへに悲しめる心と目とをとぢながら なほうらがなし花の散る中かなしめばかなしむまゝにくれて行く 春の日長のうらめしきかななどと細い筆でこまかい紙にかいては白銀のような針でつけて居る姿を女達は、「・・・ 宮本百合子 「錦木」
・・・ 山は白銀である。 そして紺碧である。 頂に固く凍った雪の面は、太陽にまともから照らされて、眩ゆい銀色に輝きわたり、ややうすれた燻し銀の中腹から深い紺碧の山麓へとその余光を漂わせている。 遠目には見得ようもない地の襞、灌木の・・・ 宮本百合子 「禰宜様宮田」
・・・ 細かに細かに千絶れた雲の一つ一つが夕映の光を真面に浴びて、紅に紫に青に輝き、その中に、黄金、白銀の糸をさえまじえて、思いもかけぬ、尊い、綾が織りなされるのである。 微風は、尊い色に輝く雲の片を運び始める。 紅と、紫はスラスラと・・・ 宮本百合子 「農村」
・・・森の中に深く迷い入って困って居ながらも白銀のような粉雪を讚美するのを忘れませんでした。葉をふるいおとされて箒のようになって立って居る楢の木のしげみが段々まばらになって木こりのらしい大きながんじょうな靴のあとが見出されました。赤い唇は遠慮なく・・・ 宮本百合子 「無題(一)」
出典:青空文庫