・・・ずなるを、どうした事やらきのうも今日も油さえ売りにあるかぬは、ことによると風邪でも引いたか、明日は一つ様子を見に行ってやろうとうわさをすれば影もありありと白昼のような月の光を浴びてそこに現われ、『皆さん今晩は』といつになきまじめなる挨拶・・・ 国木田独歩 「置土産」
こう暑くなっては皆さん方があるいは高い山に行かれたり、あるいは涼しい海辺に行かれたりしまして、そうしてこの悩ましい日を充実した生活の一部分として送ろうとなさるのも御尤もです。が、もう老い朽ちてしまえば山へも行かれず、海へも出られないで・・・ 幸田露伴 「幻談」
皆さん。浅学不才な私如き者が、皆さんから一場の講演をせよとの御求めを受けましたのは、実に私の光栄とするところでござります。しかし私は至って無器用な者でありまして、有益でもあり、かつ興味もあるというような、気のきいた事を提出・・・ 幸田露伴 「馬琴の小説とその当時の実社会」
・・・「だって、皆さんがそうおっしゃるんですもの。――三ちゃんでも、末子さんでも。」 私はお徳の前に立って、肴屋の持って来た付木にいそがしく目を通した。それには河岸から買って来た魚の名が並べ記してある。長い月日の間、私はこんな主婦の役をも・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・「どうせ、この建物はこうしてありますから、皆さんにお貸し申します……御入用の時は、何時でも御使い下さい」 と言いながら、先生は新規に造り足した部屋を高瀬に見せ、更に楼階の下の方までも連れて行って見せた。そこは食堂か物置部屋にでもしよ・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・「時節が時節ですから、皆さんの来易いようにして、安く召上って頂く。定食が三円、それ以上はお望み次第ということにしています。そりゃ店のお得意とは限っていません、どなたにでも自由に来て頂いています。近いところなら仕出しもしています」「し・・・ 島崎藤村 「食堂」
・・・きょうは霧のようにこまかい雨が降っていて、撮影が休みなので、お隣りの部屋では、皆さん陽気に騒いでいます。私には、女優がむかないのかも知れません。お目にかかりたく、私は十六、十七、十八の三日間、休暇をもらって置きますから、どの日でも、新介様の・・・ 太宰治 「花燭」
・・・妙な笑い声を交えながら、実に幼稚な観念語(たとえば、研究中、ごもっともながらそこを何とか、日本再建、官も民も力を合せ、それはよく心掛けているつもり、民主々義の世の中、まさかそんな極端な、ですから政府は皆さんの御助力を願って、云々そんな事ばか・・・ 太宰治 「家庭の幸福」
・・・この時はむしろ進んで、先生はこれを知らない、よく調べて来ましょう、皆さんもまたよく考えてお出でなさい、いろいろ六ヶしいまた面白いことがあるだろうと思いますといった風に取扱ってほしい。とにかく児童には、知らないことが恥でない、疑いを起さないこ・・・ 寺田寅彦 「研究的態度の養成」
・・・そんなら皆さん御機嫌よくも云った積りなれどやゝ夢心地なればたしかならず。玄関を出れば人々も砂利を鳴らしてついて来る。用意の車五輌口々に何やら云えどよくは耳に入らず。から/\と引き出せば後にまた御機嫌ようの声々あまり悪からぬものなり。見返る門・・・ 寺田寅彦 「東上記」
出典:青空文庫