・・・「皇室典範に拠れば、――」と、れいの紳士が大声で言いはじめた。「皇室典範とは、また、大きく出たじゃないか。」こんどは兄が、私に小声で言って、心の底から嬉しそうに笑い咽んだ。 そのおでんやを出て、また、別のところへ行き、私たちは、・・・ 太宰治 「一燈」
・・・僕は日本民族の中で一ばん血統の純粋な作品を一度よみたく存じとりあえず歴代の皇室の方々の作品をよみました。その結果、明治以降の大学の俗学たちの日本芸術の血統上の意見の悉皆を否定すべき見解にたどりつきつつあります。君はいつも筆の先を尖がらせても・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・諸外国の文芸の発祥地と言われているサロンと、日本のサロンとは、どんな根本的な差異があるか。皇室または王室と直接のつながりのあるサロンと、企業家または官吏につながっているサロンと、どう違うか。君たちのサロンは、猿芝居だというのはどういうわけか・・・ 太宰治 「十五年間」
・・・皇天その志を憐んで、彼らの企はいまだ熟せざるに失敗した。彼らが企の成功は、素志の蹉跌を意味したであろう。皇天皇室を憐み、また彼らを憐んで、その企を失敗せしめた。企は失敗して、彼らは擒えられ、さばかれ、十二名は政略のために死一等を減ぜられ、重・・・ 徳冨蘆花 「謀叛論(草稿)」
・・・我国体は単に所謂全体主義ではない。皇室は過去未来を包む絶対現在として、皇室が我々の世界の始であり終である。皇室を中心として一つの歴史的世界を形成し来った所に、万世一系の我国体の精華があるのである。我国の皇室は単に一つの民族的国家の中心と云う・・・ 西田幾多郎 「世界新秩序の原理」
・・・国文学者にとって必要な古文書、典籍などは、主として皇室の図書館や貴族の秘蔵にかかっており、常人にはそれを目で見ることさえ容易でない有様である。佐佐木信綱博士が万葉集の仕事を完成した時、些かでも専門の知識をもっている人々が歎賞した第一のことは・・・ 宮本百合子 「文学上の復古的提唱に対して」
・・・セルマ・ラゲルレフは彼女の作品を自国皇室に愛読されている作家である。ルードウィヒ・レンの感動すべき活動もこの会議で報告され、ジイドの「ソヴェト旅行記」の批判ものっている。 スペインが流血の苦難を通じて世界文化・文学の領域の中に新しい自身・・・ 宮本百合子 「文芸時評」
・・・追って家督相続をさせた後に、恐多いが皇室の藩屏になって、身分相応な働きをして行くのに、基礎になる見識があってくれれば好い。その為めに普通教育より一段上の教育を受けさせて置こうとした。だから本人の気の向く学科を、勝手に選んでさせて置いて好いと・・・ 森鴎外 「かのように」
・・・言いかえれば、政治の実権を武士階級の手に奪われてただ名目上の主権者に過ぎなかった皇室、その皇室に対する情熱を吹き込まれた。かくて父は、ちょうど頼山陽がそうであったように、足利氏の圧迫に対してただひとり皇室を守る楠公の情熱を自分の情熱としたの・・・ 和辻哲郎 「蝸牛の角」
出典:青空文庫