・・・彼女はその真実の父母の家にあれば、もっと幸福な運命を掴みえたかもしれないのであった。気の弱い彼女は、すべて古めかしい叔母の意思どおりにならせられてきた。「私の学校友だちは、みんないいところへ片づいていやはります」彼女はそんなことを考えな・・・ 徳田秋声 「蒼白い月」
・・・ しかし林が英語が上手なのは真実だった。六年のとき、私達の学校を代表して、私と林は「郡連合小学児童学芸大会」にでたことがある。郡の小学校が何十か集って、代表児童たちが得意の算盤とか、書き方とか、唱歌とか、お話とかをして、一番よく出来た学・・・ 徳永直 「こんにゃく売り」
・・・或日わたくしに向って、何やら仔細らしく、真実子供がないのかと質問するので、わたくしは、出来るはずがないから確にないと答えると、「それはあなたの方で一人でそう思っていられるのじゃないですか。あなた自身も知らないというような落胤があって、世に生・・・ 永井荷風 「西瓜」
・・・その時わが精神の発展が自個天然の法則に遵って、自己に真実なる輪廓を、自らと自らに付与し得ざる屈辱を憤る事さえある。 精神がこの屈辱を感ずるとき、吾人はこれを過去の輪廓がまさに崩れんとする前兆と見る。未来に引き延ばしがたきものを引き延ばし・・・ 夏目漱石 「イズムの功過」
・・・読者にしてもし、私の不思議な物語からして、事物と現象の背後に隠れているところの、或る第四次元の世界――景色の裏側の実在性――を仮想し得るとせば、この物語の一切は真実である。だが諸君にして、もしそれを仮想し得ないとするならば、私の現実に経験し・・・ 萩原朔太郎 「猫町」
・・・と云う方が真実であった。 勿論、直ぐ帰れる筈のない事は、吉田には分り切っていた。劃時代的な二つの階級間の闘争が、全市から全日本の相互の階級を総動員して相対峙していたのだ。それは国際階級戦の一つの見本であった。「連れて行ってくれる・・・ 葉山嘉樹 「生爪を剥ぐ」
・・・是れも所謂言葉の采配、又売物の掛直同様にして、斯くまでに厳しく警めたらば少しは注意する者もあらんなど、浅墓なる教訓なれば夫れまでのことなれども、真実真面目に古礼を守らしめんとするに於ては、唯表向の儀式のみに止まりて裏面に却て大なる不都合を生・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・形容詞じゃなく、真実に何か吐出しそうになった。だから急いで顔を背けて、足早に通り抜け、漸と小間物屋の開店だけは免れたが、このくらいにも神経的になっていた。思想が狂ってると同時に、神経までが変調になったので、そして其挙句が……無茶さ! で・・・ 二葉亭四迷 「予が半生の懺悔」
・・・この変てこな議論が一見菜食にだけ適用するように思われるのはそれは思う人がまだこの問題を真剣に考え真実に実行しなかった証拠であります。斯んなことはよくあるのです。 いくら連続していてもその両端では大分ちがっています。太陽スペクトルの七色を・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
・・・戦争は、客観的な真実に対して素直である人間の理性をうちこわした。そしてわたしたちは長い間、客観的な文芸評論というものを持たされなかった。きょう、またおどろくような迅さで、日本の人民生活と文化とが高波にさらされようとしているとき、文学を文学と・・・ 宮本百合子 「巖の花」
出典:青空文庫