・・・僕は勿論社会科学に何の知識も持っていなかった。が、資本だの搾取だのと云う言葉にある尊敬――と云うよりもある恐怖を感じていた。彼はその恐怖を利用し、度たび僕を論難した。ヴェルレエン、ラムボオ、ヴオドレエル、――それ等の詩人は当時の僕には偶像以・・・ 芥川竜之介 「彼」
・・・かく高まった地価というものは、いわば社会が生み出してくれたもので、私の功績でないばかりでなく、諸君の功績だともいいかねる性質のものです。このことを考えてみれば、土地を私有する理窟はますます立たないわけになるのです。 しかしながら、もし私・・・ 有島武郎 「小作人への告別」
・・・公民たるこっちとらが社会の安全を謀るか、それとも構わずに打ち遣って置くかだ。」 こんな風な事をもう少ししゃべった。そして物を言うと、胸が軽くなるように感じた。「実に己は義務を果すのだ」と腹の内で思った。始てそこに気が附いたというよう・・・ 著:アルチバシェッフミハイル・ペトローヴィチ 訳:森鴎外 「罪人」
・・・じつにかの日本のすべての女子が、明治新社会の形成をまったく男子の手に委ねた結果として、過去四十年の間一に男子の奴隷として規定、訓練され、しかもそれに満足――すくなくともそれに抗弁する理由を知らずにいるごとく、我々青年もまた同じ理由によって、・・・ 石川啄木 「時代閉塞の現状」
・・・御婦人、紳士方が、社会道徳の規律に因って、相当の御制裁を御満足にお加えを願う。それは甘んじて受けます。 いずれも命を致さねばなりますまい。 それは、しかし厭いません。 が、ただここに、あらゆる罪科、一切の制裁の中に、私が最も苦痛・・・ 泉鏡花 「革鞄の怪」
・・・りなくある、乍併之れらが到底、真の茶趣味を談ずるに足らぬは云うまでもない、それで世間一般から、茶の湯というものが、どういうことに思われて居るかと察するに、一は茶の湯というものは、貴族的のもので到底一般社会の遊事にはならぬというのと、一は茶事・・・ 伊藤左千夫 「茶の湯の手帳」
・・・それでは、社会に活動しようとする男子の心を十分に占領するだけの手段または奮発がないではないか? 僕は僕の妻を半身不随の動物としか思えないのだ。いッそ、吉弥を妾にして、女優問題などは断念してしまおうかと思って見た。 そうだ、そうだ。今の僕・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・ 加うるに椿岳の生涯は江戸の末李より明治の初期に渡って新旧文化の渦動に触れている故、その一代記は最もアイロニカルな時代の文化史的及び社会的側面を語っておる。それ故に椿岳の生涯は普通の画人伝や畸人伝よりはヨリ以上の興味に富んで、過渡期の畸・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・私の欲するところと社会の欲するところは、女よりは女のいうようなことを聴きたい、男よりは男のいうようなことを聴きたい、青年よりは青年の思っているとおりのことを聴きたい、老人よりは老人の思っているとおりのことを聴きたい。それが文学です。それゆえ・・・ 内村鑑三 「後世への最大遺物」
・・・そして、子供は生長して社会に立つようになっても、母から云い含められた教訓を思えば、如何なる場合にも悪事を為し得ないのは事実である。何時も母の涙の光った眼が自分の上に注がれて居るからである。これは架空的の宗教よりも強く、また何等根拠のない道徳・・・ 小川未明 「愛に就ての問題」
出典:青空文庫