・・・ 一つの映画が作り上げられるまでの過程は時代により国により、また製作者により、必ずしも同じではないようであるが、だいたいにおいて次のような段階を経るべきはずのものである。 第一にその一編の主題となるべきものからいわゆるストーリーある・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・しかるに万葉から古今を経るに従って、この精神には外来の宗教哲学の消極的保守的な色彩がだんだん濃厚に浸潤して来た。すなわち普通の意味での寂びを帯びて来たのである。この寂滅あるいは虚無的な色彩が中古のあらゆる文化に滲透しているのは人の知るところ・・・ 寺田寅彦 「俳諧の本質的概論」
・・・あまたの手を経るまにまに、さきざきの考えの上をなおよく考えきわむるからに、次々にくわしくなりもて行くわざなれば、師の説なりとて必ずなずみ守るべきにもあらず。よきあしきをいわず、ひたぶるに古きを守るは、学問の道には、いうかいなきわざなり。」(・・・ 寺田寅彦 「人の言葉――自分の言葉」
・・・主婦や娘は台所で立働いているのを裏口の方から見かける事があるが、一体に何処となく陰気なこの家内のさまは、日を経るに従うて自分の眼に映る。主婦は時々鉢巻をして髪を乱して、いかにも苦しそうに洗濯などしている事がある。流し元で器皿を洗っている娘の・・・ 寺田寅彦 「やもり物語」
・・・ 待つ心は日を重ね月を経るに従って、郷愁に等しき哀愁を醸す。郷愁ほど情緒の美しきものはない。長くわたくしが巴里の空を忘れ得ぬのもこの情緒のなすところであろう。 巴里は再度兵乱に遭ったが依然として恙なく存在している。春ともなればリラの・・・ 永井荷風 「草紅葉」
・・・ところが年一年と日を経るに従って、みんな面白い。だんだん老熟の手腕が短篇のうちに行き渡って来たように思われる。妙な比較をするようだけれども近来日本の雑誌に出る創作物の価値は、英国の通俗雑誌に掲載せられる短篇ものよりも、ずっと程度の高いものと・・・ 夏目漱石 「文壇の趨勢」
・・・否年を経るに従ってだんだん強くなります。著作的事業としては、失敗に終りましたけれども、その時確かに握った自己が主で、他は賓であるという信念は、今日の私に非常の自信と安心を与えてくれました。私はその引続きとして、今日なお生きていられるような心・・・ 夏目漱石 「私の個人主義」
・・・世の士君子、もしこの順席を錯て、他に治国の法を求めなば、時日を経るにしたがい、意外の故障を生じ、不得止して悪政を施すの場合に迫り、民庶もまた不得止して廉恥を忘るるの風俗に陥り、上下ともに失望して、ついには一国の独立もできざるにいたるべし。古・・・ 福沢諭吉 「学校の説」
・・・数千万年の久しきを経るもその割合は同じからざるをえず。また男といい女といい、ひとしく天地間の一人にて軽重の別あるべき理なし。 古今、支那・日本の風俗を見るに、一男子にて数多の婦人を妻妾にし、婦人を取扱うこと下婢の如く、また罪人の如くして・・・ 福沢諭吉 「中津留別の書」
・・・即ち居家の道徳なれども、人間生々の約束は一家族に止まらず、子々孫々次第に繁殖すれば、その起源は一対の夫婦に出るといえども、幾百千年を経るの間には遂に一国一社会を成すに至るべし。既に社会を成すときは、朋友の関係あり、老少の関係あり、また社会の・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
出典:青空文庫