・・・記者というものは柄が悪い、と世間から言われているようですけれども、大谷さんにくらべると、どうしてどうして、正直であっさりして、大谷さんが男爵の御次男なら、記者たちのほうが、公爵の御総領くらいの値打があります。大谷さんは、終戦後は一段と酒量も・・・ 太宰治 「ヴィヨンの妻」
・・・五年も前の事ですから、記憶もはっきり致しませんが、なんでも、大きい家の総領で、人物も、しっかりしているとやら聞きました。父のお気に入りらしく、父も母も、それは熱心に、支持していました。お写真は、拝見しなかった、と思います。こんな事はどうでも・・・ 太宰治 「きりぎりす」
・・・兄さんのごはんとは、どんな事だか、私が自分でたべるごはんをたべないでその犬の子に与えて養うべきだという意味だったのでしょうか、それとも、私の家でたべているごはんは、全部総領の私のものなのだから、弟などには犬の子を養う資格が無いという意味だっ・・・ 太宰治 「男女同権」
・・・げんざい、奥田家のご総領に向って、そんなおそろしい事を言うなんて、まるで、鬼です。 鬼は、ひどい。(急鬼ですとも。鬼以上かも知れない。あなたには、あの人の真のおそろしさが、まだわかっていらっしゃらないのです。お酒を飲むと、もう、まる・・・ 太宰治 「春の枯葉」
・・・千駄谷の田畝の西の隅で、樫の木で取り囲んだ奥の大きな家、その総領娘であることをよく知っている。眉の美しい、色の白い頬の豊かな、笑う時言うに言われぬ表情をその眉と眼との間にあらわす娘だ。 「もうどうしても二十二、三、学校に通っているのでは・・・ 田山花袋 「少女病」
・・・ 成長して他人の家へ行くものは必ずしも女子に限らず、男子も女子と同様、総領以下の次三男は養子として他家に行くの例なり。人間世界に男女同数とあれば、其成長して他人の家に行く者の数も正しく同数と見て可なり。或は男子は分家して一戸の主・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・ 主婦は、気軽に、お君の身のきまったよろこびだの、総領の達も、とうとう今年は学校が仕舞いになって後だてが出来て良いなどと栄蔵を満足させる事ばかりを話した。 大層この頃は時候が悪い様だ、お節はどうして居ると云われた時に、漸く栄蔵はお君・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
・・・父は総領娘のために子供用のヴァイオリンと大人用のヴァイオリンを買って来た。ハンドレッド・ベスト・ホームソングスというような厚い四角い譜ももって来た。ニッケルの大きい朝顔のラッパがついた蓄音器も木箱から出て来た。柿の白い花が雨の中に浮いていた・・・ 宮本百合子 「きのうときょう」
・・・ そういう熱っぽい空気の裡で、早熟な総領娘のうける刺戟は実に複雑であった。性格のひどく異った父と母との間には、夫婦としての愛着が純一であればあるほど、むきな衝突が頻々とあって、今思えばその原因はいろいろ伝統的な親族間の紛糾だの、姑とのい・・・ 宮本百合子 「時代と人々」
・・・ 一番総領が十三になる孝ちゃんと云う男の子で次が六つか七つの女の子、あとに同じ様な男だか女だか分らない小さいのが二人居るので、随分と朝晩はそうぞうしい。 上の子が、恐ろしい調子っぱずれな声を張りあげて唱歌らしいものを歌って居ると、わ・・・ 宮本百合子 「二十三番地」
出典:青空文庫