・・・姿も顔も窶れたから、ちと老けて見えるのであろうも知れぬ。綿らしいが、銘仙縞の羽織を、なよなよとある肩に細く着て、同じ縞物の膝を薄く、無地ほどに細い縞の、これだけはお召らしいが、透切れのした前垂を〆めて、昼夜帯の胸ばかり、浅葱の鹿子の下〆なり・・・ 泉鏡花 「露肆」
・・・ 橋がかりの下り口に、昨夜帳場に居た坊主頭の番頭と、女中頭か、それとも女房かと思う老けた婦と、もう一人の女中とが、といった形に顔を並べて、一団になってこなたを見た。そこへお米の姿が、足袋まで見えてちょこちょこと橋がかりを越えて渡ると、三・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
・・・ある寒い、もう秋も老けてゆくころでありました。文雄は、ふとしたかぜをひきました。そして、それがだんだん重くなって床につきました。良吉は心配して、毎日のように文雄の家へいっては、病気をみまいました。文雄の両親もいっしょうけんめいで看病いたしま・・・ 小川未明 「星の世界から」
・・・何をしているのだと訊いたその声は老けていましたが、年は私と同じ二十七八でしょうか、痩せてひょろひょろと背が高く、鼻の横には大きくホクロ。そのホクロを見ながら、私は泊るところがないからこうしているのだと答えました。まさか死のうと思っていたなど・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・自分でも自分が何歳であるか疑わしくなって来るくらい、私の顔は老けている。が、僅かに私の容貌の中で、これだけは年相応だと思われるのは、房々とした黒い長髪である。私の頭には一本の白髪もなく、また禿げ上った形跡もない。人一倍髪の毛が長く、そして黒・・・ 織田作之助 「髪」
・・・ちっとも老けないところを見ると、お釈迦様という人もそうだったそうだが、自家の兄さんもつまりお釈迦様のような人かもしれないねえ。ヒヒヒ」こういった調子で、耕吉の病人じみた顔をまじまじと見ては、老父は聴かされた壇特山の講釈を想いだしておかしがっ・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・ 水番というのか、銀杏返しに結った、年の老けた婦が、座蒲団を数だけ持って、先に立ってばたばた敷いてしまった。平場の一番後ろで、峻が左の端、中へ姉が来て、信子が右の端、後ろへ兄が座った。ちょうど幕間で、階下は七分通り詰まっていた。 先・・・ 梶井基次郎 「城のある町にて」
・・・という女は今年十九、歳には少し老けて見ゆる方なるがすらりとした姿の、気高い顔つき、髪は束髪に結んで身には洗曝の浴衣を着けて居る。「ちょっと平岡さんに頼まれて来た用があるのよ、此処でも話せますよ、もう遅いもの、上ると長座なるから。……」と・・・ 国木田独歩 「二少女」
・・・如何に其漢文に老けたる歟が分るではない乎。而して其著「理学鈎玄」は先生が哲学上の用語に就て非常の苦心を費したもので「革命前仏蘭西二世紀事」は其記事文の尤も精采あるものである。而して先生は殊に記事文を重んじた。先生曰く、事を紀して読者をして見・・・ 幸徳秋水 「文士としての兆民先生」
・・・三年前に兄を見送ってからの嫂は、にわかに老けて見える人であった。おそらくこれが嫂に取っての郷里の見納めであろうとも思われたからで。 私たちは炉ばたにいて順にそこへ集まって来る客を待った。嫂が旧いなじみの人々で、三十年の昔を語り合おうとす・・・ 島崎藤村 「嵐」
出典:青空文庫