・・・そして落日を見ようとする切なさに駆られながら、見透しのつかない街を慌てふためいてうろうろしたのである。今の私にはもうそんな愛惜はなかった。私は日の当った風景の象徴する幸福な感情を否定するのではない。その幸福は今や私を傷つける。私はそれを憎む・・・ 梶井基次郎 「冬の蠅」
・・・なに、お部屋からそこらはどこもかしこも見通しです。それに私もお付き申しているから、と言っても随分怪しいものですが、まあまあお気遣いのようなことは決してさせませんつもり、しかしおいやでは仕方がないが。 いやでござりますともさすがに言いかね・・・ 川上眉山 「書記官」
・・・もとより私といえども今日学生の社会的環境の何たるかを知らぬものではなく、その将来の見通しより来る憂鬱を解せぬものでもない。しかもそれにもかかわらず私は勧める。夢多く持て、若き日の感激を失うな。ものごとを物的に考えすぎるな。それは今の諸君の環・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・その希望が持てず、その見通しができないときは別離せよ。とでもいっておいて大過ないであろう。かくてなお不幸にして一つの結合に破れたからといって絶望すべきではない。人生にはなお広い運命と癒す歳月とがあるからである。 ある有名な日本の女流作家・・・ 倉田百三 「人生における離合について」
・・・ 村は、だん/\に変っていた。見通しのきく自作農の竹さんは、土地をすっかり売ッぱらって都会へ出た。地主の伊三郎も、山と畠の一部を売った。息子を農林学校へやる学資とするためだ。小作人から、自作農に成り上って行こうと、あがいている者も僕の親・・・ 黒島伝治 「浮動する地価」
・・・でもおあいにくさまだが吾家の母様はおまえの心持を見通していらしって、いろいろな人にそう云っておおきになってあるから、いくらお前が甲府の方へ出ようと思ったりなんぞしてもそうはいきません。おまえの居る方から甲府の方へは笛吹川の両岸のほかには路は・・・ 幸田露伴 「雁坂越」
・・・世の中の見透しなども出来ません。私は貧しい庶民です。けれども自分ひとりの感動の有無だけは、いつでも正直に表現していたいと思っています。私は、エホバを畏れています。 どうも私は、立派そうな事を言うのが、てれくさくていけません。モーゼほどの・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・へたな見透しなどをつけて、右にすべきか左にすべきか、秤にかけて慎重に調べていたんでは、かえって悲惨な躓きをするでしょう。 明日の事を思うな、とあの人も言って居られます。朝めざめて、きょう一日を、充分に生きる事、それだけを私はこのごろ心掛・・・ 太宰治 「私信」
・・・へたな見透しなどをつけて、右すべきか左すべきか、秤にかけて慎重に調べていたんでは、かえって悲惨な躓きをするでしょう。 明日の事を思うな、とあの人も言って居られます。朝めざめて、きょう一日を、十分に生きる事、それだけを私はこのごろ心掛けて・・・ 太宰治 「新郎」
・・・アンチテエゼの成立が、その成立の見透しが、甚だややこしく、あいまいになって来て、自己のかねて隠し持ったる唯物論的弁証法の切れ味も、なんだか心細くなり、狼狽して右往左往している一群の知識人のためにも、この全体主義哲学は、その世界観、その認識論・・・ 太宰治 「多頭蛇哲学」
出典:青空文庫