・・・喜三郎は甚太夫の覚悟に感服しながら、云われた通り自分だけ敵打の場所へ急いだ。 が、ほどなく甚太夫も、祥光院の門前に待っていた喜三郎と一しょになった。その日は薄雲が空に迷って、朧げな日ざしはありながら、時々雨の降る天気であった。二人は両方・・・ 芥川竜之介 「或敵打の話」
・・・それは本統はクララが始めから考えていた事なのだ。十六の歳から神の子基督の婢女として生き通そうと誓った、その神聖な誓言を忘れた報いに地獄に落ちるのに何の不思議がある。それは覚悟しなければならぬ。それにしても聖処女によって世に降誕した神の子基督・・・ 有島武郎 「クララの出家」
・・・しかし我々は覚悟しなければならぬ。この解釈を承認する上は、さらにある驚くべき大罪を犯さねばならぬということを。なぜなれば、人間の思想は、それが人間自体に関するものなるかぎり、かならず何らかの意味において自己主張的、自己否定的の二者を出ずるこ・・・ 石川啄木 「時代閉塞の現状」
・・・ あわれ、覚悟の前ながら、最早や神仏を礼拝し得べき立花ではないのである。 さて心がら鬼のごとき目をみひらくと、余り強く面を圧していた、ためであろう、襖一重の座敷で、二人ばかりの女中と言葉を交わす夫人の声が、遠く聞えて、遥に且つ幽に、・・・ 泉鏡花 「伊勢之巻」
・・・五十日のあいだというもの夜とも昼ともあなたわかんねいくらいで、もうこの世が泥海になるのだって、みんな死ぬ覚悟でいましたところ、五十日めごろから出鳴りがしずかになると、夜のあけたように空が晴れたら、このお富士山ができていたというこっでござりま・・・ 伊藤左千夫 「河口湖」
・・・つからないと云うので霜月の十八日に殺されるときまったのでその親達をあずかった役人が可哀そうに思って「ほんとうに御気の毒な、子供のためにそんなうきめをお見になるんだもの、もうしかたがないから死ぬ時の事も覚悟して又の世をおねがいなさるほかないわ・・・ 著:井原西鶴 訳:宮本百合子 「元禄時代小説第一巻「本朝二十不孝」ぬきほ(言文一致訳)」
・・・一歩踏み出せば、もう、直ぐ敵弾の餌食は覚悟せにゃならん。聨隊長はこの進軍に反対であったんやけど、止むを得ん上官の意志であったんやさかい、まア、半分焼けを起して進んで来たんや。全滅は覚悟であった。目的はピー砲台じゃ、その他の命令は出さんから、・・・ 岩野泡鳴 「戦話」
・・・『我は米塩の為めに書かず』というは文人としての覚悟として斯うなくてはならぬ。又文人に限らず、如何なる職業にしろ、単に米塩の為め働くというのは生活上非合理であって、米塩は其職業に労力した結果として自ずから齎らさるゝものでなければならぬ。然・・・ 内田魯庵 「二十五年間の文人の社会的地位の進歩」
・・・「わたくしはあの陰気な中庭に入り込んで、生れてから初めて、拳銃というものを打って見ました時、自分が死ぬる覚悟で致しまして、それと同時に自分の狙っている的は、即ち自分の心の臓だという事が分かりました。それから一発一発と打つたびに、わたくし・・・ 著:オイレンベルクヘルベルト 訳:森鴎外 「女の決闘」
・・・ 彼は両親にしかられる覚悟をして家へ帰りますと、圃に出てなにかしていた母親は、龍雄の姿を見つけたとき、夢ではないかとびっくりしました。そしてあきれました。独り両親があきれたばかりでなく、しんせつなおじいさんも今度は笑いませんでした。手を・・・ 小川未明 「海へ」
出典:青空文庫