・・・ むかし、デンマークの或るお医者が、難破した若い水夫の死体を解剖して、その眼球を顕微鏡でもって調べその網膜に美しい一家団欒の光景が写されているのを見つけて、友人の小説家にそれを報告したところが、その小説家はたちどころにその不思議の現象に・・・ 太宰治 「雪の夜の話」
・・・踊り場でピストルをひねくり回し、それを取り上げられて後にまた第二のピストルをかくしに探るところなどは巧みに観客を掌上に翻弄しているが、ここにも見方によればかなりに忠実な真実の描写があり解剖がありデモンストラチオンがある。やはり一つのおもしろ・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(2[#「2」はローマ数字、1-13-22])」
・・・医科は死骸を解剖すると聞いたから断った。そして父の云うままに進まぬながら法科へはいって政治をやった。父は附け焼刃はせぬ/\と思いながら、ついに独り子に附け焼刃の政治科を修めさせた事になる。しかしこれは恐らく誰の罪でもあるまい。自分はこの事を・・・ 寺田寅彦 「枯菊の影」
・・・数学のような論理的な連鎖を追究する場合ですらも、漠然とした予想の霧の中から正しい真を抽出するには、やはりとぎすました解剖刀のねらいすました早わざが必要であろう。居眠りしながら歩いていたのでは国道でも田んぼへ落ちることなしに目的地へは行かれま・・・ 寺田寅彦 「空想日録」
・・・すなわち実験室において、南京兎を注射するごとく、もしくは解剖室において、解剖刀を揮うがごとくであった、云々」というのがあり、また「西鶴は検事でなければ、裁判官だ。しかも近松は往々弁護料を要求せざる、名誉弁護者の役目を、自ら進んで勤めている」・・・ 寺田寅彦 「西鶴と科学」
・・・秘密、秘密、何もかも一切秘密に押込めて、死体の解剖すら大学ではさせぬ。できることならさぞ十二人の霊魂も殺してしまいたかったであろう。否、幸徳らの躰を殺して無政府主義を殺し得たつもりでいる。彼ら当局者は無神無霊魂の信者で、無神無霊魂を標榜した・・・ 徳冨蘆花 「謀叛論(草稿)」
・・・その頃にはエキゾチズムという語はまだ知ろうはずもなかったので、わたくしは官覚の興奮していることだけは心づいていながら、これを自覚しこれを解剖するだけの智識がなかったのである。 しかし日に日に経験する異様なる感激は、やがて朧ながらにも、海・・・ 永井荷風 「十九の秋」
・・・二葉亭の『浮雲』や森先生の『雁』の如く深刻緻密に人物の感情性格を解剖する事は到底わたくしの力の能くする所でない。然るに、幸にも『深川の唄』といい『すみだ川』というが如き小作を公にするに及んで、忽江戸趣味の鼓吹者と目せられ、以後二十余年の今日・・・ 永井荷風 「正宗谷崎両氏の批評に答う」
・・・自己解剖、自己批判、の傾向が段々と人心の間に広まりつつあり、精神が極めて平民的に、換言すれば平凡的になって来たのであります。人間の人間らしい所の写実をするのが自然主義の特徴で、ローマン主義の人間以上自己以上、殆んど望んで得べからざるほどの人・・・ 夏目漱石 「教育と文芸」
・・・これは極めて短時間の意識を学者が解剖して吾々に示したものでありますが、この解剖は個人の一分間の意識のみならず、一般社会の集合意識にも、それからまた一日一月もしくは一年乃至十年の間の意識にも応用の利く解剖で、その特色は多人数になったって、長時・・・ 夏目漱石 「現代日本の開化」
出典:青空文庫