・・・それでなければ、とてもこんなに顔のゆがんでいる僕をつかまえて辣腕をふるえる筈がない。 かえりに区役所前の古道具屋で、青磁の香炉を一つ見つけて、いくらだと云ったら、色眼鏡をかけた亭主が開闢以来のふくれっ面をして、こちらは十円と云った。誰が・・・ 芥川竜之介 「田端日記」
・・・いで用を足してそうして満足に生きていたいというわがままな了簡、と申しましょうかまたはそうそう身を粉にしてまで働いて生きているんじゃ割に合わない、馬鹿にするない冗談じゃねえという発憤の結果が怪物のように辣腕な器械力と豹変したのだと見れば差支な・・・ 夏目漱石 「現代日本の開化」
・・・ 本田富次郎の頭脳が、兎に角物を言う事の出来た間中は、彼は此地方切っての辣腕家であった。 他の地主たちも、彼に倣って立入禁止を断行した。そして、累卵の危きにあるを辛うじて護る事が出来た。小作人どもは、ワイワイ云ってるだけで、何とも手・・・ 葉山嘉樹 「乳色の靄」
・・・そしてその目的を遂げるために、財界の老錬家のような辣腕を揮って、巧みに自家の資産と芸能との遣繰をしている。昔は文士を bohm だなんと云ったものだが、今の流行にはもうそんな物は無い。文士や画家や彫塑家の寄合所になっていた、小さい酒店が幾つ・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・ロシア全土は、歴史に著名なポベドノスツェフの辣腕によって窒息させられ、チェホフが友人への手紙に「ロシアは専制によって滅亡に近づいている」と書いた時代であった。多くの有能な生命が監獄とシベリヤとで滅ぼされている。しかし坐って論じている人々は、・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの発展の特質」
出典:青空文庫