・・・が、ほかの坊主共と一しょになって、同じ煙管の跡を、追いかけて歩くには、余りに、「金箔」がつきすぎている。その高慢と欲との鬩ぎあうのに苦しめられた彼は、今に見ろ、己が鼻を明かしてやるから――と云う気で、何気ない体を装いながら、油断なく、斉広の・・・ 芥川竜之介 「煙管」
・・・僕はもの心のついた時から、この金箔の黒ずんだ位牌に恐怖に近いものを感じていた。 僕ののちに聞いたところによれば、曾祖父は奥坊主を勤めていたものの、二人の娘を二人とも花魁に売ったという人だった。のみならずまた曾祖母も曾祖父の夜泊まりを重ね・・・ 芥川竜之介 「追憶」
・・・ 舞台と云うのは、高さ三尺ばかり、幅二間ばかりの金箔を押した歩衝である。Kの説によると、これを「手摺り」と称するので、いつでも取壊せるように出来ていると云う。その左右へは、新しい三色緞子の几帳が下っている。後は、金屏風をたてまわしたもの・・・ 芥川竜之介 「野呂松人形」
・・・鼠股引の先生は二ツ折にした手拭を草に布いてその上へ腰を下して、銀の細箍のかかっている杉の吸筒の栓をさし直して、張紙のぬりちょくの中は総金箔になっているのに一盃ついで、一ト口呑んだままなおそれを手にして四方を眺めている。自分は人々に傚って、堤・・・ 幸田露伴 「野道」
・・・高い金箔の天井にパチリパチリと響き渡る碁石の音は、廊下を隔てた向うの室から聞えて来る玉突のキュウの音に交わる。初めてこの光景に接した時自分は無論いうべからざる奇異なる感に打たれた。そしてこの奇異なる感は、如何なる理由によって呼起されたかを深・・・ 永井荷風 「銀座」
・・・の力に思い及ぶ時、この哀れなる朱と金箔と漆の宮殿は、その命の今日か明日かと危ぶまれる美しい姫君のやつれきった面影にも等しいではないか。 そもそも最初自分がこの古蹟を眼にしたのは何年ほど前の事であったろう。まだ小学校へも行かない時分ではな・・・ 永井荷風 「霊廟」
・・・壁の貼紙は明色、ほとんど白色にして隠起せる模様及金箔の装飾を施せり。主人クラウヂオ。(独窓の傍に座しおる。夕陽夕陽の照す濡った空気に包まれて山々が輝いている。棚引いている白雲は、上の方に黄金色の縁を取って、その影は灰色に見えている。・・・ 著:ホーフマンスタールフーゴー・フォン 訳:森鴎外 「痴人と死と」
・・・洋画のカンバスと、絹あるいは金箔。荒いザラザラした表面と、細かいスベスベした、あるいは滑らかに光沢ある表面。 これらの相違がすでに洋画を写実に向かわしめ、日本画を暗示的な想念描写に赴かしめるのではないのか。 たとえば、日本画において・・・ 和辻哲郎 「院展遠望」
出典:青空文庫