・・・ 号外に限る、僕の生命は号外にある。僕自身が号外である。しかりしこうして僕の生命が号外である。号外が出なくなって、僕死せりだ。僕は、これから何をするんだ。」男の顔には例の惨痛の色が現われた。 げにしかり、わが加藤男爵は何を今後になすべき・・・ 国木田独歩 「号外」
・・・近代の知性は冷やかに死後の再会というようなことを否定するであろうが、この世界をこのアクチュアルな世界すなわち娑婆世界のみに限るのは絶対の根拠はなく、それがどのような仕組みに構成されているかということは恐らく人知の意表に出るようなことがありは・・・ 倉田百三 「人生における離合について」
・・・昔と今とは違うが、今だって信州と名古屋とか、東京と北京とかの間でこの手で謀られたなら、慾気満よくけまんまんの者は一服頂戴せぬとは限るまい。片鎧の金八はちょっとおもしろい談だ。 も一ツ古い談をしようか、これは明末の人の雑筆に出ているので、・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・といいたるまま、かの学者はクンクンと鼻をならしながら、どうだ分ッたか螺旋法が、少し分ったろう、螺旋法に限るぞ、といい玉う。かの男は閉口してつくづく感心し、なるほどなるほど法螺とはこれよりはじまりけるカネ。・・・ 幸田露伴 「ねじくり博士」
・・・き伝えた緊急動議あなたはやと千古不変万世不朽の胸づくし鐘にござる数々の怨みを特に前髪に命じて俊雄の両の膝へ敲きつけお前は野々宮のと勝手馴れぬ俊雄の狼狽えるを、知らぬ知らぬ知りませぬ憂い嬉しいもあなたと限るわたしの心を摩利支天様聖天様不動様妙・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・無論実行の瞬間はそんなことを思うと限るものでないから、ただ伝襲の善悪観念でやっていることが多い。けれどもそれは盲目の道徳、醒めない道徳たるに過ぎぬ。開眼して見れば、顔を出して来るものは神でも仏でもなくして自己である。だから自己がすなわち神で・・・ 島村抱月 「序に代えて人生観上の自然主義を論ず」
・・・なんでも家持に限るのだよ。それは芝居にいるも好いけれどもね。その次ぎには内というものが好いわ。そして子供でも出来ようもんなら、それは好くってよ。そんなことはお前さんには分からないわね。御覧よ。内のちび達にこれを遣るのだわ。・・・ 著:ストリンドベリアウグスト 訳:森鴎外 「一人舞台」
・・・いまはもう、華族もへったくれも無くなったようですが、終戦前までは、女を口説くには、とにかくこの華族の勘当息子という手に限るようでした。へんに女が、くわっとなるらしいんです。やっぱりこれは、その、いまはやりの言葉で言えば奴隷根性というものなん・・・ 太宰治 「ヴィヨンの妻」
・・・こんなに暑いときには、これに限るのですよ。一杯いかが?」 僕は青扇の言葉づかいがどこやら変っているのに気がついた。けれども、それをいぶかしがっている場合ではなかった。僕はその茶をのまなければならなかったのである。青扇は茶碗をむりやりに僕・・・ 太宰治 「彼は昔の彼ならず」
・・・平凡な結論ではあるが、学生のときには講義も演習もやはり一生懸命勉強するに限るのであろう。 しかし、米の飯だけでは生きては行かれぬように、学校の正課を正直に勉強するだけで十分であったとは思われない。やはり色々の御馳走も食う必要があったと思・・・ 寺田寅彦 「科学に志す人へ」
出典:青空文庫