・・・――聞け、時に、ピシリ、ピシリ、ピシャリと肉を鞭打つ音が響く。チンチンチンチンと、微に鉄瓶の湯が沸るような音が交る。が、それでないと、湯気のけはいも、血汐が噴くようで、凄じい。 雪次郎はハッと立って、座敷の中を四五度廻った。――衝と露台・・・ 泉鏡花 「鷭狩」
・・・ 言わんか、「死屍に鞭打つ。」言わんか、「窮鳥を圧殺す。」八日。 かりそめの、人のなさけの身にしみて、まなこ、うるむも、老いのはじめや。九日。 窓外、庭の黒土をばさばさ這いずりまわっている醜き秋の蝶を見る。並はず・・・ 太宰治 「HUMAN LOST」
・・・自分は山の手の書斎の沈静した空気が、時には余りに切なく自分に対して、休まずに勉強しろ、早く立派なものを書け、むつかしい本を読めというように、心を鞭打つ如く感じさせる折には、なりたけ読みやすい本を手にして、この待合所の大きな皮張の椅子に腰をか・・・ 永井荷風 「銀座」
出典:青空文庫