・・・また、そのような私の遊びの相手になって、私の饗応を受ける知人たちも、ただはらはらするばかりで、少しも楽しくない様子である。結局、私は私の全収入を浪費して、ひとりの人間をも楽しませる事が出来ず、しかも女房が七輪一つ買っても、これはいくらだ、ぜ・・・ 太宰治 「父」
・・・荒法師の文覚が、西行を、きざな奴だ、こんど逢ったら殴ってやろうと常日頃から言っていた癖に、いざ逢ったら、どうしても自分より強そうなので、かえって西行に饗応したとかいう話も伝わっているほどである。まことに黄村先生のお説のとおり、文人にも武術の・・・ 太宰治 「花吹雪」
・・・ 三鷹駅から省線で東京駅迄行き、それから市電に乗換え、その若い記者に案内されて、先ず本社に立寄り、応接間に通されて、そうして早速ウイスキイの饗応にあずかりました。 思うに、太宰はあれは小心者だから、ウイスキイでも飲ませて少し元気をつ・・・ 太宰治 「美男子と煙草」
・・・まさかこの聖戦下に、こんな贅沢は出来るわけがないし、また失礼ながらあまり裕福とは見受けられない黄村先生のお茶会には、こんな饗応の一つも期待出来ず、まあせいぜい一ぱいの薄茶にありつけるくらいのところであろうとは思いながらも、このような、おいし・・・ 太宰治 「不審庵」
・・・その姉妹にマリヤといふ者ありて、イエスの足下に坐し、御言を聴きをりしが、マルタ饗応のこと多くして心いりみだれ、御許に進みよりて言ふ「主よ、わが姉妹われを一人のこして働かするを、何とも思ひ給はぬか、彼に命じて我を助けしめ給へ」主、答へて言ふ「・・・ 太宰治 「律子と貞子」
・・・ 明治二十年代の片田舎での出来事として考えるときに、この杏仁水の饗応がはなはだオリジナルであり、ハイカラな現象であったような気がする。 大学在学中に、学生のために無料診察を引受けていたいわゆる校医にK氏が居た。いたずら好きの学生達は・・・ 寺田寅彦 「さまよえるユダヤ人の手記より」
子供の時分の冬の夜の記憶の中に浮上がって来る数々の物象の中に「行燈」がある。自分の思い出し得られる限りその当時の夜の主なる照明具は石油ランプであった。時たま特別の来客を饗応でもするときに、西洋蝋燭がばね仕掛で管の中からせり・・・ 寺田寅彦 「追憶の冬夜」
・・・ さて、午過ぎからは、家中大酒盛をやる事になったが、生憎とこの大雪で、魚屋は河岸の仕出しが出来なかったと云う処から、父は家のを殺して、出入の者共を饗応する事にした。一同喜び、狐の忍入った小屋から二羽の鶏を捕えて潰した。黒いのと、白い斑あ・・・ 永井荷風 「狐」
・・・商人から饗応を受けることは昔より廉潔の士の好まざる所である。漂母が一飯の恵と雖一たび之を受ければ恩義を担うことになるからである。 僕は忍ばねばならぬことは之を忍び、避けねばならぬことは之を避けた。僕としては聊考慮を費したつもりである。拙・・・ 永井荷風 「申訳」
・・・此一面より見れば愚なるが如くなれども、方向を転じて日常居家の区域に入り、婦人の専ら任ずる所に就て濃に之を視察すれば、衣服飲食の事を始めとして、婢僕の取扱い、音信贈答の注意、来客の接待饗応、四時遊楽の趣向、尚お進んで子女の養育、病人の看護等、・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
出典:青空文庫