・・・もう一寸の骨折で思い附かれそうだ。そうしたら、何もかもはっきり分かるだろうに。 ところで、その骨折が出来ない。フレンチはこの疑問の背後に何物があるかを知ることが出来ない。 それは実はこうであった。が、あのまだ物を見ている、大きく開け・・・ 著:アルチバシェッフミハイル・ペトローヴィチ 訳:森鴎外 「罪人」
・・・「あなた、仏様に御丹精は、それは実に結構ですが、お礼がお礼なんですから、お骨折ではかえって恐縮です。……それに、……唯今も申しました通り、然るべき仏壇の用意もありません。勿体なくありません限り、床の間か、戸袋の上へでもお据え申そうと思い・・・ 泉鏡花 「夫人利生記」
・・・ソンナものを写すのは馬鹿馬鹿しい、近日丸善から出版されるというと、そうか、イイ事を聞いた、無駄骨折をせずとも済んだといった。 その時、そんなものを写してドウすると訊くと、「何かの時には役に立つさ、」といった。「何でも書物は一生の中に一度・・・ 内田魯庵 「鴎外博士の追憶」
・・・自分ばかりが呆気に取られるだけなら我慢もなるが、社外の人に手数を掛けたり多少の骨折をさせたりした事をお関いなしに破毀されてしまっては、中間に立つ社員は板挟みになって窮してしまう。あるいはまた、同じ仕事を甲にも乙にも丙にも一人々々に「君が適任・・・ 内田魯庵 「三十年前の島田沼南」
・・・「俺ゃ、また銃を持てえ云うたって、どうしろ云うたって、動けやせん!」骨折の上等兵は泣き顔をした。 八 錆のきた銃をかついだ者が、週番上等兵につれられて、新しい雪にぼこ/\落ちこみながら歩いて行った。一群の退院者・・・ 黒島伝治 「氷河」
・・・顔は鋭い空気に晒されて、少なくも六十年を経ている。骨折沢山の生涯のために流した毒々しい汗で腐蝕せられて、褐色になっている。この顔は初めは幅広く肥えていたのである。しかし肉はいつの間にか皮の下で消え失せてしまって、その上の皮ががっしりした顴骨・・・ 著:シュミットボンウィルヘルム 訳:森鴎外 「鴉」
・・・すべて、山田君のお骨折のおかげであろう。しかるに、昨年の秋、山田君から手紙が来て、小生は呼吸器をわるくしたので、これから一箇年、故郷に於いて静養して来るつもりだ、ついては大隅氏の縁談は貴君にたのむより他は無い、先方の御住所は左記のとおりであ・・・ 太宰治 「佳日」
・・・動き回れば傷も骨折もなかなか直るときはないであろう。 腸胃が悪いと腹が痛かったり胸が悪かったりするから食物を食う気になれない。もしもなんの苦痛もなかったら平気でなんでも食う。食えばいよいよ病気が重くなって行くに相違ない。風邪をひいて熱が・・・ 寺田寅彦 「鎖骨」
・・・これほどの骨折は、ただに病中の根気仕事としてよほどの決心を要するのみならず、いかにも無雑作に俳句や歌を作り上げる彼の性情から云っても、明かな矛盾である。思うに画と云う事に初心な彼は当時絵画における写生の必要を不折などから聞いて、それを一草一・・・ 夏目漱石 「子規の画」
・・・ およそ世の中に仕事の種類多しといえども、国の政事を取扱うほど難きものはなし。骨折る者はその報を取るべき天の道なれば、仕事の難きほど報も大なるはずなり。ゆえに政府の下にいて政事の恩沢を蒙る者は、国君・官吏の給料多しとてこれをうらやむべか・・・ 福沢諭吉 「中津留別の書」
出典:青空文庫