・・・もうとっくに死んでいたおきみ婆さんと同じようにお歯黒に染めていたその婆さんは、もと髪結いをしていて、その家の軒には「おめかし処」と父の筆で書いた行灯が掛っていたのだが、二三年前から婆さんの右の手が不随になってしまったので、髪結いもよしてしま・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・が櫛へ蒔絵した日をもう千秋楽と俊雄は幕を切り元木の冬吉へ再び焼けついた腐れ縁燃え盛る噂に雪江お霜は顔見合わせ鼠繻珍の煙草入れを奥歯で噛んで畳の上敷きへ投りつけさては村様か目が足りなんだとそのあくる日の髪結いにまで当り散らし欺されて啼く月夜烏・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・ 出入りの鳶の頭を始め諸商人、女髪結い、使い屋の老物まで、目録のほかに内所から酒肴を与えて、この日一日は無礼講、見世から三階まで割れるような賑わいである。 娼妓もまた気の隔けない馴染みのほかは客を断り、思い思いに酒宴を開く。お職女郎・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・女中達が、夜なかに吊橋を渡って髪結いに出かける下駄の歯の音だけが、どうやら大晦日らしい。去年の都会的越年とはひどく違う。去年はフダーヤと暁の三時頃神楽坂で買物をした。正月元日。 朝のうち曇って居たが午近く快晴。くに、奇麗な髪で、・・・ 宮本百合子 「湯ヶ島の数日」
出典:青空文庫