・・・庭いっぱいの黄色い日向は彼らが吐きだしているのかと思われる。「ちょっといらっしてごらんなさいな。小さな鮒かしらたくさんいますわ」と、藤さんは眩しそうにこちらを見る。「だって下駄がないじゃありませんか」「あたしだって足袋のままです・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・と知ったかぶりして鞄を持直し、さっさと歩き出したら、其のとき、闇のなかから、ぽっかり黄色いヘッドライトが浮び、ゆらゆらこちらへ泳いで来ます。「あ、バスだ。今は、バスもあるのか。」と私はてれ隠しに呟き、「おい、バスが来たようだ。あれに乗ろ・・・ 太宰治 「老ハイデルベルヒ」
・・・そこらいちめん黄色い煙がもうもうとあがってな、犬はそれを嗅ぐとくるくるくるっとまわって、ぱたりとたおれる。いや、嘘でねえ。お前の顔は黄色いな。妙に黄色い。われとわが屁で黄色く染まったに違いない。や、臭い。さては、お前、やったな。いや、やらか・・・ 太宰治 「貨幣」
・・・ひなは七月に行った時はまだ黄色い綿で作ったおもちゃのような格好で、羽根などもほんの琴の爪ぐらいの大きさの、言わば形ばかりのものであった。それでも時々延び上がって一人前らしく羽ばたきのまね事をするのが妙であった。麦笛を吹くような声でピーピーと・・・ 寺田寅彦 「あひると猿」
・・・テエブルの上には琥珀のように黄色いビイルと黒耀石のように黒いビイルのはいったコップが並んで立っている。どちらを見ても異人ばかりである。それが私には分らない言葉で話している。 高い旗竿から八方に張り渡した縄にはいろいろの旗が並んで風に靡い・・・ 寺田寅彦 「異郷」
・・・「君、あの窓の外に咲いている黄色い花は何だろう」 碌さんは湯の中で首を捩じ向ける。「かぼちゃさ」「馬鹿あ云ってる。かぼちゃは地の上を這ってるものだ。あれは竹へからまって、風呂場の屋根へあがっているぜ」「屋根へ上がっちゃ、・・・ 夏目漱石 「二百十日」
・・・ガウンの袖口には黄色い平打の紐が、ぐるりと縫い廻してあった。これは装飾のためとも見られるし、または袖口を括る用意とも受取れた。ただし先生には全く両様の意義を失った紐に過ぎなかった。先生が教場で興に乗じて自分の面白いと思う問題を講じ出すと、殆・・・ 夏目漱石 「博士問題とマードック先生と余」
十月二十五日。 いよいよモスクワ出立、出立、出発! 朝郵便局へお百度を踏んだ。あまり度々書留小包の窓口へ、見まがうかたなき日本の顔を差し出すので、黄色いボヤボヤの髪をした女局員が少しおこった声で、 ――もうあな・・・ 宮本百合子 「新しきシベリアを横切る」
・・・片方は黄色の風呂敷で、片方は赤い更紗であった。黄色い方には一つ八銭の玉子だけ、赤い方には一つ六銭の玉子が籾の中に入っていた。やつれた顔じゅうにただ二つの眼と蒼黒い大きな口だけしかないようなツメオは息子の上に屈んで、「いいかい。間違えたり・・・ 宮本百合子 「一太と母」
・・・「僕の光線は昼間は見えないけども、夜だと周囲がぽッと青くて、中が黄色い普通の光です。空に上ったら見ていて下さい。」「あそこでやっている今夜の会議も、君の光の会議かもしれないな。どうもそれより仕様がない。」 暗くなってから二人は帰・・・ 横光利一 「微笑」
出典:青空文庫