出典:青空文庫
・・・ と寂しそうに打傾く、面に映って、頸をかけ、黒繻子の襟に障子の影、薄ら蒼く見えるまで、戸外は月の冴えたる気勢。カラカラと小刻に、女の通る下駄の音、屋敷町に響いたが、女中はまだ帰って来ない。「心細いのが通り越して、気が変になっていたん・・・ 泉鏡花 「女客」
・・・ さて、笛吹――は、これも町で買った楊弓仕立の竹に、雀が針がねを伝って、嘴の鈴を、チン、カラカラカラカラカラ、チン、カラカラと飛ぶ玩弄品を、膝について、鼻の下の伸びた顔でいる。……いや、愚に返った事は――もし踊があれなりに続いて、下り坂・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・ と手を支いて、壁に着いたなりで細りした頤を横にするまで下から覗いた、が、そこからは窮屈で水は見えず、忽然として舳ばかり顕われたのが、いっそ風情であった。 カラカラと庭下駄が響く、とここよりは一段高い、上の石畳みの土間を、約束の出で・・・ 泉鏡花 「妖術」
・・・きっと冷かすぜ、石塔の下から、クックッ、カラカラとまず笑う。」「こわい、おじさん。お母さんだがいいけれど。……私がついていますから、冷かしはしませんから、よく、お拝みなさいましよね。 ――さん。」「糸塚……初路さんか。糸塚は姓な・・・ 泉鏡花 「縷紅新草」
・・・ 日和下駄カラカラと予の先きに三人の女客が歩き出した。男らしい客が四五人又後から出た。一寸時計を見ると九時二十分になる。改札口を出るまでは躊躇せず急いで出たが、夜は意外に暗い。パッタリと闇夜に突当って予は直ぐには行くべき道に践み出しかね・・・ 伊藤左千夫 「浜菊」
・・・と昔を憶出して塚原老人はカラカラと笑った。この頃の或る新聞に、沼南が流連して馴染の女が病気で臥ている枕頭にイツマデも附添って手厚く看護したという逸事が載っているが、沼南は心中の仕損いまでした遊蕩児であった。が、それほど情が濃やかだったので、・・・ 内田魯庵 「三十年前の島田沼南」
・・・ みけが あるくと、カラカラ カラと すずが なりました。「あっはは、ごうがいやさんみたいだ。」と、あかとらが わらいました。 みけは はずかしく なりました。「なんで こんな ものを、つけたのかなあ。」 みけは か・・・ 小川未明 「みけの ごうがいやさん」
・・・余も一つ二つ拾って向こうの便所の屋根へ投げると、カラカラところがって向こう側へ落ちる。妻は帯の間からハンケチを取り出して膝の上へ広げ、熱心に拾い集める。「もう大概にしないか、ばかだな」と言ってみたが、なかなかやめそうもないから便所へはいる。・・・ 寺田寅彦 「どんぐり」
・・・と話し終ってカラカラと心地よげに笑う。「そう云う国へ行って見よと云うに主も余程意地張りだなあ」と又ウィリアムの胸の底へ探りの石を投げ込む。「そんな国に黒い眼、黒い髪の男は無用じゃ」とウィリアムは自ら嘲る如くに云う。「やはりその金・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
・・・それは、デッキへ洩れると、直ぐにカラカラに、出来の悪い浅草海苔のようにコビリついてしまった。「チェッ、電気ブランでも飲んで来やがったんだぜ。間抜け奴!」「当り前よ。当り前で飲んでて酔える訳はねえや。強い奴を腹ん中へ入れといて、上下か・・・ 葉山嘉樹 「労働者の居ない船」