たかひと‐しんのう【幟仁親王】
[1812〜1886]有栖川(ありすがわ)宮韶仁(つなひと)親王の第1王子。明治天皇の書道・歌道の師範を務めた。
たかまつ‐の‐みや【高松宮】
皇族の一家。江戸初期、後陽成天皇の皇子好仁(よしひと)親王に始まる。その後有栖川(ありすがわ)宮と改称、威仁(たけひと)親王のとき継嗣が絶え、大正2年(1913)大正天皇の第3皇子宣仁(のぶひと...
たかやま‐ひこくろう【高山彦九郎】
[1747〜1793]江戸中期の勤王家。上野(こうずけ)の人。名は正之。諸国を行脚して勤王思想を提唱。時勢に憤激して九州久留米で自刃。林子平・蒲生君平(がもうくんぺい)とともに、寛政の三奇人の一人。
たけち‐ずいざん【武市瑞山】
[1829〜1865]幕末の尊攘派志士。土佐の人。通称、半平太。郷士の子で、土佐勤王党を組織。吉田東洋らの佐幕開国論に対抗。東洋を暗殺し、一時藩論を尊攘に導いたが、藩主山内容堂に入れられず、切腹...
たけのうち‐しきぶ【竹内式部】
[1712〜1768]江戸中期の神道家。越後の人。名は敬持。号、羞斎(しゅうさい)・周斎・正庵。式部は通称。垂加神道を学び、京都で公家に尊王論を説き、追放(宝暦事件)。のち、明和事件に連座し、八...
たざき‐そううん【田崎草雲】
[1815〜1898]日本画家。帝室技芸員。名は芸(うん)。幕末には足利藩士として尊王運動に奔走したが、明治維新後は画業に専心。文人画の指導的な役割を果たした。作品に「蓬莱仙宮図」など。
たちばな‐の‐もろえ【橘諸兄】
[684〜757]奈良前期の官人・歌人。母は県犬養橘三千代(あがたいぬかいのたちばなのみちよ)。光明皇后の異父兄。初め葛城(かつらぎ)王。のち、臣籍に降り、橘宿禰(すくね)諸兄と改めた。藤原不比...
たままつ‐みさお【玉松操】
[1810〜1872]江戸末期から維新期の国学者。京都の人。本名、山本真弘。岩倉具視(いわくらともみ)の側近となり、王政復古計画に参画。維新後、新政府の方針と合わず職を辞した。
たるひと‐しんのう【熾仁親王】
⇒有栖川宮熾仁親王(ありすがわのみやたるひとしんのう)
ダビデ【David】
古代イスラエル統一王国第2代の王。在位、前1000ころ〜前960ころ。南方のユダと北方のイスラエルを統合してエルサレムに首都を定め、イスラエル史上最大の繁栄をもたらし、後世理想の王とたたえられ...