・・・卒堵婆は絶えてあらざれど、傾きたるまま苔蒸すままに、共有地の墓いまなお残りて、松の蔭の処々に数多く、春夏冬は人もこそ訪わね、盂蘭盆にはさすがに詣で来る縁者もあるを、いやが上に荒れ果てさして、霊地の跡を空しゅうせじとて、心ある市の者より、田畑・・・ 泉鏡花 「清心庵」
・・・舞台しばらく空し。白き家鴨、五羽ばかり、一列に出でて田の草の間を漁る。行春の景を象徴するもののごとし。馬士 (樹立より、馬を曳いて、あとを振向きつつ出づ。馬の背に米俵ああ気味の悪い。真昼間何事だんべい。いや、はあ、こげえな時・・・ 泉鏡花 「山吹」
・・・に委ぬ原と恥づる所 身を故主に殉ずる豈悲しむを須たん 生前の功は未だ麟閣に上らず 死後の名は先づ豹皮を留む 之子生涯快心の事 呉を亡ぼすの罪を正して西施を斬る 玉梓亡国の歌は残つて玉樹空し 美人の罪は麗花と同じ 紅鵑血は灑ぐ・・・ 内田魯庵 「八犬伝談余」
・・・作家はみな苦労し、努力し、工夫し、真剣に書いているのだが、ふと東西古今の大傑作のことを考えると、苦労も努力も工夫もみな空しいもののような気がしてならない。しかし、それでも書きつづけて行けば、いつかは神に通ずる文学が書けるのだろうか、今は、せ・・・ 織田作之助 「文学的饒舌」
・・・灰色の外套長く膝をおおい露を避くる長靴は膝に及び頭にはめりけん帽の縁広きを戴きぬ、顔の色今日はわけて蒼白く目は異しく光りて昨夜の眠り足らぬがごとし。 門を出ずる時、牛乳屋の童にあいぬ。かれは童の手より罎を受け取りて立ちながら飲み、半ば残・・・ 国木田独歩 「わかれ」
・・・ものなりといい、政事家もまた学問を蔑視して、実用に足らざる老朽の空論なりとすることならんといえども、これはいわゆる双方の偏頗論にして、公平にいえば、政事も学問もともに人事の至要にして、双方ともに一日も空しゅうすべからず。政事は実際の衝にあた・・・ 福沢諭吉 「学問の独立」
・・・すなわちこの平安を目的とするところの教育の旨は、人生の働の一ヵ条をも空しゅうせずして快楽を得んとするにあり。足るを知るを勧むるにあらず、足らざるを知りてこれを足すの道を求むるにあるものなり。野蛮の無為、徳川の泰平の如きは、平安と称すべからざ・・・ 福沢諭吉 「教育の目的」
・・・の難易はいずれとも明言し難きほどのものなれば、貧富ともに勉むべきは学問にして、ただその教場をして仙境ならしめざること、吾々のつねに注意して怠らざるところなれば、学生諸氏もおのおの自から心してこの注意を空しゅうせしむるなかれ。・・・ 福沢諭吉 「慶応義塾学生諸氏に告ぐ」
・・・という論文を読んだとき、過去のプロレタリア文学運動に対する同氏の評価に私自身の理解と相異したものがあるのを感じたことがあったが、今日「囚われた大地」を通読して、同じ論文で森山氏がその作品を評していた言葉を再び思い起した。「農村のそれぞれの階・・・ 宮本百合子 「作家への課題」
・・・の表現とこの永瀬さんのこの詩の言葉とは何と相異しながら、女性としての感覚においては同じ本質をもっていることだろう。 永瀬さんは、女の歴史、日本の女の成長の酸苦を「麦死なず」のなかにうたっている。私らにとっては樹木が自然の季節・・・ 宮本百合子 「『静かなる愛』と『諸国の天女』」
出典:青空文庫