・・・ちょうど昔ガリラヤの湖にあらしを迎えたクリストの船にも伯仲するかと思うくらいである。宣教師は後ろへまわした手に真鍮の柱をつかんだまま、何度も自働車の天井へ背の高い頭をぶつけそうになった。しかし一身の安危などは上帝の意志に任せてあるのか、やは・・・ 芥川竜之介 「少年」
・・・して見れば今の大あらしも、あの虎や白蛇と同じように、鉄冠子の留守をつけこんだ、魔性の悪戯に違いありません。杜子春は漸く安心して、額の冷汗を拭いながら、又岩の上に坐り直しました。 が、そのため息がまだ消えない内に、今度は彼の坐っている前へ・・・ 芥川竜之介 「杜子春」
・・・よくも汝が餓鬼どもさ教唆けて他人の畑こと踏み荒したな。殴ちのめしてくれずに。来」 仁右衛門は火の玉のようになって飛びかかった。当の二人と二、三人の留男とは毬になって赤土の泥の中をころげ廻った。折重なった人々がようやく二人を引分けた時は、・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・こんな変な場処まで捜しまわるようでは、あすこ、ここ、町の本屋をあら方あらしたに違いない。道理こそ、お父さんが大層な心配だ。……新坊、小母さんの膝の傍へ。――気をはっきりとしないか。ええ、あんな裏土塀の壊れ木戸に、かしほんの貼札だ。……そんな・・・ 泉鏡花 「絵本の春」
・・・ 内の人や三ちゃんが、そうやって私たちを留守にして海へ漁をしに行ってる間に、あらしが来たり浪が来たり、そりゃまだいいとして、もしか、あの海から上って私たちを漁しに来るものがあったらどうしよう。貝が殻へかくれるように、家へ入って窘んでいて・・・ 泉鏡花 「海異記」
・・・苧殻の燃さし、藁の人形を揃えて、くべて、逆縁ながらと、土瓶をしたんで、ざあ、ちゅうと皆消えると、夜あらしが、颯と吹いて、月が真暗になって、しんとする。ぞっと私は凄くなって、若い人の袖を引張って、見はるかしの田畝道へ。……ほっとして、。・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・季節、天気というものは、そんなに模様の変らないものと見えて、いつの年も秋の長雨、しけつづき、また大あらしのあった翌朝、からりと、嘘のように青空になると、待ってたように、しずめたり浮いたり、風に、すらすらすらすらと、薄い紅い霧をほぐして通る。・・・ 泉鏡花 「縷紅新草」
・・・ 僕は再び国府津へ行かないで――もし行ったら、ひょッとすると、旅の者が土地を荒らしたなど言いふらされて、袋だたきに逢わされまいものでもないから――金子だけを送ってやることに初めから心には定めていたので、すぐ吉弥宛てで電報がわせをふり出し・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・緑雨の『おぼえ帳』に、「鮪の土手の夕あらし」という文句が解らなくて「天下豈鮪を以て築きたる土手あらんや」と力んだという批評家は誰だか忘れたがこの連中の一人であった。緑雨は笑止しがって私に話したが、とうとう『おぼえ帳』の一節となった。 上・・・ 内田魯庵 「斎藤緑雨」
・・・静かなのが、たちまちあらしに変わって、吹雪が雨戸を打つ音がしました。このとき、家の内では、こたつにあたりながら、年子は、先生のお母さんと、弟の勇ちゃんと、三人で、いろいろお話にふけっていたのでした。「スキーできる?」と、勇ちゃんがききま・・・ 小川未明 「青い星の国へ」
出典:青空文庫