おかだかんせん【岡田寒泉】
[1740〜1816]江戸後期の儒学者。江戸の人。名は恕 (はかる) 。通称、清助。松平定信に登用され、朱子学振興に努力した。著「幼学指要」。
おかだけいすけ【岡田啓介】
[1868〜1952]軍人・政治家。海軍大将。福井の生まれ。田中・斎藤両内閣の海相。のち、首相。二・二六事件で首相官邸を襲撃されたが、あやうく難を逃れた。事件後に内閣は総辞職した。
おかだげんざぶろう【岡田源三郎】
[1896〜1977]野球選手・監督。東京の生まれ。明大野球部で活躍。卒業後の大正12年(1923)に同大野球部監督となりチームを初優勝に導く。昭和11年(1936)名古屋金鯱 (きんこ) 軍の選手兼初代監督。
おかだけんぞう【岡田謙三】
[1902〜1982]洋画家。神奈川の生まれ。フランスに留学。帰国後は二科会に所属して叙情的な具象画を発表。のち渡米し、ニューヨーク定住。東洋美を抽象に託した画風で異彩を放った。
おかださぶろうすけ【岡田三郎助】
[1869〜1939]洋画家。佐賀の生まれ。黒田清輝らに学び、のちフランスに留学し、ラファエル=コランに師事。外光派的作風の風景画と日本的情趣の装飾的女性像を描いた。また、舞台美術・図案・工芸の分野にも貢献。第1回の文化勲章受章。
おかだせいぞう【岡田誠三】
[1913〜1994]小説家。大阪の生まれ。新聞社の特派員として南方に従軍し、その経験から戦争を描いた小説や歴史ものを執筆する。「ニューギニヤ山岳戦」で直木賞受賞。他に「定年後」「雪華の乱」「字余り人生」など。
おかだたけまつ【岡田武松】
[1874〜1956]気象学者。千葉の生まれ。長く中央気象台長を務め、日本の気象観測制度を確立。文化勲章受章。著「日本気候論」など。
おかだためちか【岡田為恭】
[1823〜1864]江戸末期の復古大和絵派の画家。京都の人。一時、冷泉 (れいぜい) 三郎を自称。大量の古画を模写する一方、障壁画なども描いた。
おかだはんこう【岡田半江】
[1782〜1846]江戸後期の画家。大坂の人。名は粛、字 (あざな) は子羽、通称、宇左衛門。父の米山人に儒学と画を学び、文人画家として名高い。
おかだべいさんじん【岡田米山人】
[1744〜1820]江戸後期の画家。大坂の人。名は国、字 (あざな) は士彦、通称、彦兵衛。伊勢の津藩に仕えた。画趣は明るく放胆で、田能村竹田 (たのむらちくでん) に影響を与えた。