・・・娘を人の家に嫁せしめて舅姑の機嫌に心配あり、兄公女公親類の附合も面倒なり、幸に是等は円く治まるとしても、肝心の夫こそ掛念至極の相手なれ。其性行正しく妻に接して優しければ高運なれども、或は然らず世間に珍らしからぬ獣行男子にして、内君を無視し遊・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
・・・内に私徳の修まるあれば、外に発して朋友の信となり、治者被治者の義となり、社会の交際法となるべし。 けだし社会は個々の家よりなるものにして、良家の集合すなわち良社会なれば、徳教究竟の目的、はたして良社会を得んとするにあるか、須らく本に返り・・・ 福沢諭吉 「読倫理教科書」
・・・忠は公徳にして孝は私徳なり、その私、修まるときは、この公、美ならざらんと欲するも得べからざるなり。 然るに我輩が古今和漢の道徳論者に向かって不平なるは、その教えの主義として第一に私徳公徳の区別を立てざるにあり。第二には、仮令え不言の間に・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
・・・ている人々である、だから余りはっきり社会的にそれを説明したって無駄であるし、また余りきっぱりした処置を示したところで却って喜ばず、新聞社としてもそういう解答は歓迎しない、まあ、当らずさわらずのところで納まるような妥協案を示すのが一番であると・・・ 宮本百合子 「女性の教養と新聞」
・・・たりするので、切角鳥屋に入ろうとするとはおどしつけられて、度を失った鶏達は、女共に負けない鋭い声をたてながら木にとびついたり、垣根を越そうとしたりして、疲れて両方がヘトヘトになった時分漸う鳥屋の止木に納まるのである。 その頃には鳥は大切・・・ 宮本百合子 「二十三番地」
・・・ 六の小さい体は、椅子の刳込みにポックリと工合よく納まる。 嬉しさで半ば夢中だった彼が、ようよう少し落付いてあたりを見まわしたときには、もう自分の体はいつの間にか、すっかり町を離れて、或る川の傍まで運ばれて来たのを知った。 河原・・・ 宮本百合子 「禰宜様宮田」
・・・それでもやっぱり離れ切りもしないでこう円満に納まるんだから」「喧嘩して却ってよくなったのかもしれない」「そんなことよ。喧嘩せざる藍子、喧嘩せる黒川に美枝子を奪わる」 藍子は暫く黙っていたが、「洒落てるな。私もどっかへ行きたく・・・ 宮本百合子 「帆」
・・・ 小波瀾が納まると、再び、待ちくたびれてどんよりとした重苦しさが場内に拡がった、そこへ不意にパッと満場の電燈が打った。わーというような無邪気な声と笑いが一斉に低いながら湧きおこった。国技館でも灯が入った刹那にはやはり罪のない歓声が鉄傘を・・・ 宮本百合子 「待呆け議会風景」
・・・荷風の本質は多分にお屋敷の規準、世間のおきてに照応するものを蔵していて、しかもその他面にあるものが、自身の内部にあるその常識に抵抗し、常識に納まることを罵倒叱咤し、常識の外に侘び住まんことを憧れ誘っている。ロマンティストであるとして荷風のロ・・・ 宮本百合子 「歴史の落穂」
・・・こうして森厳な伝統の娘、ハプスブルグのルイザを妻としたコルシカ島の平民ナポレオンは、一度ヨーロッパ最高の君主となって納まると、今まで彼の幸福を支えて来た彼自身の恵まれた英気は、俄然として虚栄心に変って来た。このときから、彼のさしもの天賦の幸・・・ 横光利一 「ナポレオンと田虫」
出典:青空文庫