・・・ 吉永は、少女にこちらへ来るように手まねきをした。 丘の上では、彼等が、きゃあきゃあ笑ったり叫んだりした。 そして、少し行くと、それから自分の家へ分れ分れに散らばってしまった。 二 山が、低くなだらかに傾斜し・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
・・・ 清吉は三人の子供を持っていた。三人目は男子だったが、上の二人は女だった。長女は既に十四になっている。 夫婦揃って子供思いだったので、子供から何か要求されると、どうしてもそれをむげに振去ることが出来なかった。肩掛け、洋傘、手袋、足袋・・・ 黒島伝治 「窃む女」
・・・ 永年連添う間には、何家でも夫婦の間に晴天和風ばかりは無い。夫が妻に対して随分強い不満を抱くことも有り、妻が夫に対して口惜しい厭な思をすることもある。その最も甚しい時に、自分は悪い癖で、女だてらに、少しガサツなところの有る性分か知らぬが・・・ 幸田露伴 「鵞鳥」
・・・このあたりあさのとりいれにて、いそがしぶる乙女のなまじいに紅染のゆもじしたるもおかしきに、いとかわゆき小女のかね黒々と染ぬるものおおきも、むかしかたぎの残れるなるべしとおぼしくて奇なり。見るものきくもの味う者ふるるもの、みないぶせし。笥にも・・・ 幸田露伴 「突貫紀行」
・・・ 庭にあるおそ咲きの乙女椿の蕾もようやくふくらんで来た。それが目につくようになって来た。三郎は縁台のはなに立って、庭の植木をながめながら、「次郎ちゃん、ここの植木はどうなるんだい。」 この弟の言葉を聞くと、それまで妹と一緒に黒板・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・その言葉を養子夫婦にも、奉公人一同にも残して置いて来た。彼女の真意では、しばらく蜂谷の医院に養生した上で、是非とも東京の空まではとこころざしていた。東京には長いこと彼女の見ない弟達が居たから。 蜂谷の医院は中央線の須原駅に近いところにあ・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
一 貧乏な百姓の夫婦がいました。二人は子どもがたくさんあって、苦しいところへ、また一人、男の子が生れました。 けれども、そんなふうに家がひどく貧乏だものですから、人がいやがって、だれもその子の名附親・・・ 鈴木三重吉 「黄金鳥」
・・・サンフランシスコ市では、少年少女たちが日本への義えん金を得るために花を売り出したところ、多くの人が一たばを五十円、百円で買ったと言われています。 英国でも、皇帝、皇后両陛下や、ロンドン市民から寄附をよこし、東洋艦隊や、カナダからの数せき・・・ 鈴木三重吉 「大震火災記」
・・・顔が、不思議なくらい美しく、そのころ姉たちが読んでいた少女雑誌に、フキヤ・コウジとかいう人の画いた、眼の大きい、からだの細い少女の口絵が毎月出ていましたけれど、兄の顔は、あの少女の顔にそっくりで、私は時々ぼんやり、その兄の顔を眺めていて、ね・・・ 太宰治 「兄たち」
・・・それでも、ずいぶん元気で、田舎にもあまり帰りたがらず、入院もせず、戸山が原のちかくに一軒、家を借りて、同郷のWさん夫婦にその家の一間にはいってもらって、あとの部屋は全部、自分で使って、のんきに暮していました。私は、高等学校へはいってからは、・・・ 太宰治 「兄たち」
出典:青空文庫