・・・「やあ、これは俺の負けかいな。こう逃げつづけでは苦しくてかなわない。ほんとうの戦争だったら、どんなだかしれん。」と、老人はいって、大きな口を開けて笑いました。 青年は、また勝ちみがあるのでうれしそうな顔つきをして、いっしょうけんめい・・・ 小川未明 「野ばら」
・・・なんせ、あんたは学がおまっさかいな。しかし、僕かて石油がなんぜ肺にきくかちゅうことの科学的根拠ぐらいは知ってまっせ。と、いうのは外やおまへん。ろくろ首いうもんおまっしゃろ。あの、ろくろ首はでんな、なにもお化けでもなんでもあらへんのでっせ。だ・・・ 織田作之助 「秋深き」
・・・ 帰って来たのかとはいって行くと、「素通りする人がおますかいな。あんたはノッポやさかい、すぐ見つかる」 首だけ人ごみの中から飛び出ているからと、「千日堂」のお内儀さんは昔から笑い上戸だった。「あはは……。ぜんざい屋になったね・・・ 織田作之助 「神経」
・・・すると吉田の母親は、「なんのおまえばっかりかいな」 と言って自分も市営の公設市場へ行く道で何度もそんな目に会ったことを話したので、吉田はやっとそのわけがわかって来はじめた。それはそんな教会が信者を作るのに躍起になっていて、毎朝そんな・・・ 梶井基次郎 「のんきな患者」
・・・ 源作の嚊の、おきのは、隣家へ風呂を貰いに行ったり、念仏に参ったりすると、「お前とこの、子供は、まあ、中学校へやるんじゃないかいな。銭が仰山あるせになんぼでも入れたらえいわいな。ひゝゝゝ。」と、他の内儀達に皮肉られた。 ・・・ 黒島伝治 「電報」
・・・「藤二は、どこぞへ遊びに行たんかいな。」 母は荷を置くと牛部屋をのぞきに行った。と、不意に吃驚して、「健よ、はい来い!」と声を顫わせて云った。 健吉は、稲束を投げ棄てゝ急いで行って見ると、番をしていた藤二は、独楽の緒を片手に・・・ 黒島伝治 「二銭銅貨」
・・・私はフランス叙情詩の講義を聞きおえて、真昼頃、梅は咲いたか桜はまだかいな。たったいま教ったばかりのフランスの叙情詩とは打って変ったかかる無学な文句に、勝手なふしをつけて繰りかえし繰りかえし口ずさみながら、れいの甘酒屋を訪れたのである。そのと・・・ 太宰治 「ダス・ゲマイネ」
・・・「で、もとどおりになったかいな」「ウウン、そうはいかねえ、謝りのしるしに榛の木畑をあのままそっくり取上げるちゅうこって、やっとおさめてきた」「榛の木畑を?」 善ニョムさんは、びっくりして頭をあげた。「仕様がないじゃないか・・・ 徳永直 「麦の芽」
・・・死んで花実が咲こかいな、苦しむも恋だって。本統にうまいことを言ッたもんさね。だもの、誰がすき好んで、死ぬ馬鹿があるもんかね。名山さん、千鳥さん、お前さんなんぞに借りてる物なんか、ふんで死ぬような吉里じゃアないからね、安心してえておくんなさい・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・「そうどす、一寸は見分けがつきまへんやろ、然し男はんにすると、そのなかから、ふんあこにいよるなあと思て観といやすのが、また楽しみどっしゃろさかいなあ」 深い鉢に粟羊羹があった。濃い紅釉薬の支那風の鉢とこっくり黄色い粟の色のとり合わせ・・・ 宮本百合子 「高台寺」
出典:青空文庫