・・・――漁場へ遁げりゃ、それ、なかまへ饒舌る。加勢と来るだ。」「それだ。」「村の方へ走ったで、留守は、女子供だ。相談ぶつでもねえで、すぐ引返して、しめた事よ。お前らと、己とで、河童に劫されたでは、うつむけにも仰向けにも、この顔さ立ちっこ・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・幇間なかまは、大尽客を、獅子に擬え、黒牡丹と題して、金の角の縫いぐるみの牛になって、大広間へ罷出で、馬には狐だから、牛に狸が乗った、滑稽の果は、縫ぐるみを崩すと、幇間同士が血のしたたるビフテキを捧げて出た、獅子の口へ、身を牲にして奉った、と・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・私は、当日、小作の挿画のために、場所の実写を誂えるのに同行して、麻布我善坊から、狸穴辺――化けるのかと、すぐまたおなかまから苦情が出そうである。が、憚りながらそうではない。我ながらちょっとしおらしいほどに思う。かつて少年の頃、師家の玄関番を・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・……小児をつかまえて、今の若さも変だ。はははは、面白かったは心細い。過去った事のようで情ない。面白いと云え、面白がれ、面白がれ。なおその上に面白くなれ。むむ、どうだ。小児三 だって、兄さん怒るだろう。画工 俺が怒る、何を……何を俺が・・・ 泉鏡花 「紅玉」
・・・「二人共お母さんに云いつかって来たのだから、お増なんか何と云ったって、かまやしないさ」 一事件を経る度に二人が胸中に湧いた恋の卵は層を増してくる。機に触れて交換する双方の意志は、直に互いの胸中にある例の卵に至大な養分を給与する。今日・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・「やかましい、あっちへゆけ。」と、どなるものもあれば、また家の内から、大きな声で、「出ないぞ。」といったものもありました。 こうして二人のものは、終日この町の中をむなしく歩きまわって、疲れて空腹を感じて、日暮れ方になると・・・ 小川未明 「黒い旗物語」
・・・ 山へはいりかかった、赤い日が、今日の見収めにとおもって、半分顔を出して高原を照らすと、そこには、いつのまにか真紅に色づいた、やまうるしや、ななかまどの葉が火のように点々としていました。 紺碧に暮れていく空の下の祭壇に、ろうそくをと・・・ 小川未明 「手風琴」
・・・知っての通り、俺も親内と言っちゃ一人もねえのだから、どうかまあ親類付合いというようなことにね……そこで、改めて一つ上げよう」 差さるる盃を女は黙って受けたが、一口附けると下に置いて、口元を襦袢の袖で拭いながら、「金さん、一つ相談があるが・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・俗に「おかま」という中性の流し芸人が流しに来て、青柳を賑やかに弾いて行ったり、景気がよかった。その代り、土地柄が悪く、性質の良くない酒呑み同志が喧嘩をはじめたりして、柳吉はハラハラしたが、蝶子は昔とった杵柄で、そんな客をうまくさばくのに別に・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・ほかに来る人ってもないんだから、このままだってかまやしませんよ。また着るとしても、ほんのお経の間だけでしょう」「何しろ簡単なもんだな。葬式という奴もこうなるとかえって愛嬌があっていいさ。また死ぬということも、考えてみるとちょっと滑稽な感・・・ 葛西善蔵 「父の葬式」
出典:青空文庫