・・・ こんにゃくは町のこんにゃく屋へいって、私がになえるくらい、いつも五十くらい借りてきた。こんにゃくはこんにゃく芋を擦りつぶして、一度煮てからいろんな形に切り、それを水に一ト晩さらしといてあくをぬく。諸君がとんぼとりにつかうもちは、その芋・・・ 徳永直 「こんにゃく売り」
・・・彼らはサンジカリズムないしアナルコサンジカリズムの思想をふりまいてゆき、小野も、三吉も、五高の学生たちも、また専売局の友愛会支部の連中も、革命が気分的であるかぎり一致することが出来ていた。ところが東京から「ボル」がいちはやく五高の学生に流れ・・・ 徳永直 「白い道」
・・・、わたくしは確にこれをも読んだはずであるが、しかし今日記憶に残っているものは一つもない、帝国文庫の『京伝傑作集』や一九の『膝栗毛』、または円朝の『牡丹燈籠』や『塩原多助』のようなものは、貸本屋の手から借りた時、披いて見たその挿絵が文章よりも・・・ 永井荷風 「十六、七のころ」
・・・今幸に知らざる人の盾を借りて、知らざる人の袖を纏い、二十三十の騎士を斃すまで深くわが面を包まば、ランスロットと名乗りをあげて人驚かす夕暮に、――誰彼共にわざと後れたる我を肯わん。病と臥せる我の作略を面白しと感ずる者さえあろう。――ランスロッ・・・ 夏目漱石 「薤露行」
・・・パスカルの語を借りていえば、単に l'esprit de gomtrie[幾何学の精神]でなくて、l'esprit de finesse[繊細の精神]というものがあると思う。フランス哲学の特色は後者にある。同じデカルトの流を汲んだ人でも、マ・・・ 西田幾多郎 「フランス哲学についての感想」
・・・ 五 私はボーレンで金を借りた。そして又外人相手のバーで――外人より入れない淫売屋で――又飲んだ。 夜の十二時過ぎ、私は公園を横切って歩いていた。アークライトが緑の茂みを打ち抜いて、複雑な模様を地上に織っていた。ビ・・・ 葉山嘉樹 「淫賣婦」
・・・これを借りてもいいのかい」「善さんのことですもの。ねえ。花魁」「へへへへへ。うまく言ッてるぜ」「よくお似合いなさいますよ。ほほほほほ」「はははは。袖を通したら、おかしなものだろう」「なに、あなた。袖をお通しなすッて立ッて・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・一家の経済は挙げて夫の自由自在に任せて妻は何事をも知らず、唯夫より授けられたる金を請取り之を日々の用度に費すのみにして、其金は自家の金か、借用したる金か、借用ならば如何ようにして誰れに借りたるや、返済の法は如何ようにするなど、其辺は一切夢中・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・剰え、最初は自分の名では出版さえ出来ずに、坪内さんの名を借りて、漸と本屋を納得させるような有様であったから、是れ取りも直さず、利のために坪内さんをして心にもない不正な事を為せるんだ。即ち私が利用するも同然である。のみならず、読者に対してはど・・・ 二葉亭四迷 「予が半生の懺悔」
・・・はたしてこの戯言は同氏をして蕪村句集を得せしめ、余らまたこれを借り覧て大いに発明するところありたり。死馬の骨を五百金に買いたる喩も思い出されておかしかりき。これ実に数年前のことなり。しかしてこの談一たび世に伝わるや、俳人としての蕪村は多少の・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
出典:青空文庫