・・・『われひとりを悪者として勘当除籍、家郷追放の現在、いよいよわれのみをあしざまにののしり、それがために四方八方うまく治まり居る様子、』などのお言葉、おうらめしく存じあげ候。今しばし、お名あがり家ととのうたるのちは、御兄上様御姉上様、何条もって・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・げびた言い方をすれば、私は二十代のふしだらのために勘当されていたのである。 それが、二度も罹災して、行くところが無くなり、ヨロシクタノムと電報を発し、のこのこ生家に乗り込んだ。 そうして間もなく戦いが終り、私は和服の着流しで故郷の野・・・ 太宰治 「十五年間」
・・・ それに、君、僕はちかく勘当されるかも知れないのだよ。一朝めざむれば、わが身はよるべなき乞食であった。雑誌なんて、はじめから、やる気はなかったのさ。君を好きだから、君を離したくなかったから、海賊なんぞ持ちだしたまでのことだ。君が海賊の空想に・・・ 太宰治 「ダス・ゲマイネ」
・・・崖の下の、蒲団わするな。勘当と言って投げ出す銀煙管。「は、は。この子は、なかなか、おしゃまだね。」 知識人のプライドをいたわれ! 生き、死に、すべて、プライドの故、と断じ去りて、よし。職工を見よ、農家の夕食の様を覗け! 着々、陽気を・・・ 太宰治 「HUMAN LOST」
・・・それらの通路の中には国道もあり間道もあり、また人々によって通い慣れた道と、そうでないのとがある。それで今甲の影像の次に乙の影像を示された観客はその瞬間においてその観客の通い慣れた甲乙間の通路の心像を電光に照らされるごとく認識するのであろう。・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・そうして思いもかけぬ間道を先くぐりして突然前哨の面前に顔を突き出して笑っているようなところがある。 もっとも、ラマンのまねをするつもりで、同じように古くさい問題ばかりこつこつと研究をしていれば、ついにはラマンと同じように新しい発見に到達・・・ 寺田寅彦 「時事雑感」
・・・こういう演奏には、感心はしても、感動し酔わされる事はない。いつでも楽器というものの意識が離れ得ない。 ストウピンがセロを弾いているのを聞いており見ていると、いつの間にか楽器が消えてしまう。演奏者の胸の中に鳴っている音楽が、きわめて自由に・・・ 寺田寅彦 「断片(2[#「2」はローマ数字、1-13-22])」
・・・そのへんからは土堤の左右に杉の古木が並木になり、上熊本駅へゆく間道で、男女の逢引の場所として、土地でも知られているところだったが、三吉にはもはやおっくうであった。「あの、深水さんがね、貴方のことを――」 夕闇の底に、かえってくっきり・・・ 徳永直 「白い道」
・・・ところどころ感動して手をたたこうと思っても、その暇がない。――われわれ労働者前衛は――というとき、歯ぎしりするようにドンドンとテェブルをたたく。 しかし、考えてみればおかしな演説会であった。工場がえりの組合員たちは、弁当箱をひざにのせた・・・ 徳永直 「白い道」
・・・日頃何につけても、時代と人情との変遷について感動しやすいわたくしには、母親のこの厚意が何とも言えない嬉しさを覚えさせた。竹の皮を別にして包んだ蓮根の煮附と、刻み鯣とに、少々甘すぎるほど砂糖の入れられていたのも、わたくしには下町育ちの人の好む・・・ 永井荷風 「草紅葉」
出典:青空文庫