・・・ この前後に小林秀雄が評論家として生い立って来たということもまたまことに時代的な特徴を完備している。「批評とは己れの夢を語ることだ」というのが、当時の小林秀雄の思想の背景であって「あらゆる人間的真実の保証を、それが人間的であるということ・・・ 宮本百合子 「昭和の十四年間」
・・・ 主婦という立場を職能とみるべきであるという考えは、日本の新体制からはじまったことではなく、社会施設の完備を目ざしている国々ではドイツでもソヴェト・ロシアでも、主婦の仕事を社会構成上の一職能として評価している。しかしながらきわめて興味あ・・・ 宮本百合子 「女性の歴史の七十四年」
・・・その思いは、何事もないとき、甘美に耳を傾けていた良人たるオセロの武勇のつよさを連想させ、そこに自分に向ってぬかれる剣を感じ、デスデモーナは、愛と恐怖に分別を失った。きょうのわたしたち女性はデスデモーナのその恐怖やかくしだてを、全くあわれな、・・・ 宮本百合子 「デスデモーナのハンカチーフ」
・・・前年十月に成立した東條英機内閣はこの時期、彼等にとってもっとも甘美なファシスト独裁の夢をみていた。一九四三年健康状態如何にかかわらず私の作品は発表禁止であった。経済的に困窮した。宮本顕治が一九四〇年に結核のために重態・・・ 宮本百合子 「年譜」
・・・然し、鳥の本性は籠の中より野天の甘美なことを熟知しているに違いない。縁側の手前よりこっちには、決して、決して来ない。チチ、チュ。……思いかえしたように、また元の菊の葉かげ、一輪咲き出した白沈丁花の枝にとまって、首を傾け、黒い瞳で青空を瞰る。・・・ 宮本百合子 「春」
・・・そのマリアがロマーシの妻となり、猶ゴーリキイが嘗て彼女を恋していたということを、彼女がロマーシに話した――恐らく現在の幸福を一層甘美にする笑いと共に。それらのことは、ゴーリキイに、彼等とは別に暮した方がいいと思わせるのであった。 ロマー・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
・・・みのえは、いかにも夜の更けたことを感じ、あっちの灯の明るい、油井の白いソフトカラアーを浮立たせている部屋の沈黙を甘美に思った。 するのは瓦斯の焔が噴き出す音ばかりだ。ピラピラする透明な焔色を見守り、みのえは変に夢中な気持になって湯の沸く・・・ 宮本百合子 「未開な風景」
・・・決して、たっぷりと開花し、芳香と花粉とを存分空中に振りまいて、実り過ぎて軟くなり、甘美すぎてヴィタミンも失ったその実が墜ちたという工合ではない。謂わば、条件のよくない風土に移植され、これ迄伸び切ったこともない枝々に、辛くも実らしいものをつけ・・・ 宮本百合子 「よもの眺め」
・・・だけれども、女がほんとに社会的な力量完備した母である自分を見出すということは、今日誰もが到達している境地だとはいえなかろう。社会が母という名に向って示している敬意と、女がとりも直さず母なのであるという事実に立った母性の保護が、社会の全面にゆ・・・ 宮本百合子 「若い母親」
・・・で云っているように愛するという甘美で困難な仕事は、その困難がいかに深刻であるかということを、ヘッセは「車輪の下」においても語ろうとしているのだと思う。 ヘッセは、この小説のなかに、彼の特徴である自然への憧れ、そのうちへ溶け入ってより寛く・・・ 宮本百合子 「若き精神の成長を描く文学」
出典:青空文庫