・・・これは極めて短時間の意識を学者が解剖して吾々に示したものでありますが、この解剖は個人の一分間の意識のみならず、一般社会の集合意識にも、それからまた一日一月もしくは一年乃至十年の間の意識にも応用の利く解剖で、その特色は多人数になったって、長時・・・ 夏目漱石 「現代日本の開化」
・・・けれどもその時なら口を利く事が充分できたのである。 夏目漱石 「三山居士」
・・・けれども私のここで云う道楽は、そんな狭い意味で使うのではない、もう少し広く応用の利く道楽である。善い意味、善い意味の道楽という字が使えるか使えないか、それは知りませぬが、だんだん話して行く中に分るだろうと思う。もし使えなかったら悪い意味にす・・・ 夏目漱石 「道楽と職業」
・・・それらの話や会話は、耳の聴覚で聞くよりは、何かの或る柔らかい触覚で、手触りに意味を探るというような趣きだった。とりわけ女の人の声には、どこか皮膚の表面を撫でるような、甘美でうっとりとした魅力があった。すべての物象と人物とが、影のように往来し・・・ 萩原朔太郎 「猫町」
・・・町全体の神経は、そのことの危懼と恐怖で張りきっていた。美学的に見えた町の意匠は、単なる趣味のための意匠でなく、もっと恐ろしい切実の問題を隠していたのだ。 始めてこのことに気が付いてから、私は急に不安になり、周囲の充電した空気の中で、神経・・・ 萩原朔太郎 「猫町」
・・・ だが、何でもかでも、私は遂々女から、十言許り聞くような運命になった。 四 先刻私を案内して来た男が入口の処へ静に、影のように現れた。そして手真似で、もう時間だぜ、と云った。 私は慌てた。男が私の話を聞くことの・・・ 葉山嘉樹 「淫賣婦」
・・・それを聞く嬉しさ、身も浮くばかりに思う傍から、何奴かがそれを打ち消す、平田はいよいよ出発したがと、信切な西宮がいつか自分と差向いになッて慰めてくれる。音信も出来ないはずの音信が来て、初めから終いまで自分を思ッてくれることが書いてあッて、必ず・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・お職女郎の室は無論であるが、顔の古い幅の利く女郎の室には、四五人ずつ仲のよい同士が集ッて、下戸上戸飲んだり食ッたりしている。 小万はお職ではあり、顔も古ければ幅も利く。内所の遣い物に持寄りの台の数々、十畳の上の間から六畳の次の間までほと・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・既に温良恭謙柔和忍辱の教に瞑眩すれば、一切万事控目になりて人生活動の機を失い、言う可きを言わず、為す可きを為さず、聴く可きを聴かず、知る可きを知らずして、遂に男子の為めに侮辱せられ玩弄せらるゝの害毒に陥ることなきを期す可らず。故に此一章の文・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・一寸、一例を挙げれば、先生の講義を聴く時に私は両手を突かないじゃ聴かなんだものだ。これは先生の人格よりか「道」その物に対して敬意を払ったので。こういう宗教的傾向、哲学的傾向は私には早くからあった。つまり東洋の儒教的感化と、露文学やら西洋哲学・・・ 二葉亭四迷 「予が半生の懺悔」
出典:青空文庫