・・・ 今私は浅間山のふもとの客舎で、この原稿を書きながらうぐいすやカッコウやホトトギスやいろいろのうたい鳥の声に親しんでいる。きじらしい声も聞いた。クイナらしい叩音もしばしば半夜の夢に入った。これらの鳥の鳴き声は季節の象徴として昔から和歌や・・・ 寺田寅彦 「日本人の自然観」
・・・一つは三毛でもう一つはきじ毛であった。 単調なわが家の子供らの生活の内ではこれはかなりに重大な事件であったらしい。猫の母子の動静に関するいろいろの報告がしばしば私の耳にも伝えられた。 私の家では自分の物心ついて以来かつて猫を飼った事・・・ 寺田寅彦 「ねずみと猫」
・・・説明するまでもなく金春の煉瓦造りは、土蔵のように壁塗りになっていて、赤い煉瓦の生地を露出させてはいない。家の軒はいずれも長く突き出で円い柱に支えられている。今日ではこのアアチの下をば無用の空地にして置くだけの余裕がなくって、戸々勝手にこれを・・・ 永井荷風 「銀座」
・・・まだ病気にならぬ頃、わたくしは同級の友達と連立って、神保町の角にあった中西屋という書店に行き、それらの雑誌を買った事だけは覚えているが、記事については何一つ記憶しているものはない。中西屋の店先にはその頃武蔵屋から発行した近松の浄瑠璃、西鶴の・・・ 永井荷風 「十六、七のころ」
・・・ 社会はただ新聞紙の記事を信じている。新聞紙はただ学士会院の所置を信じている。学士会院は固より己れを信じているのだろう。余といえども木村項の名誉ある発見たるを疑うものではない。けれども学士会院がその発見者に比較的の位置を与える工夫を講じ・・・ 夏目漱石 「学者と名誉」
・・・私の為し得ることは、ただ自分の経験した事実だけを、報告の記事に書くだけである。 2 その頃私は、北越地方のKという温泉に滞留していた。九月も末に近く、彼岸を過ぎた山の中では、もうすっかり秋の季節になっていた。都会から・・・ 萩原朔太郎 「猫町」
・・・彼は、その五つ六つの新聞から一つの記事を拾い出した。「フン、棍棒強盗としてあるな。どれにも棍棒としてある。だが、汽車にまで棒切れを持ち込みゃしないぜ、附近の山林に潜んだ形跡がある、か。ヘッヘッ、消防組、青年団、警官隊総出には、兎共は迷惑・・・ 葉山嘉樹 「乳色の靄」
・・・翌年の一月末、永代橋の上流に女の死骸が流れ着いたとある新聞紙の記事に、お熊が念のために見定めに行くと、顔は腐爛ってそれぞとは決められないが、着物はまさしく吉里が着て出た物に相違なかッた。お熊は泣く泣く箕輪の無縁寺に葬むり、小万はお梅をやって・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・病気ではないが、頬に痩せが見えるのに、化粧をしないので、顔の生地は荒れ色は蒼白ている。髪も櫛巻きにして巾も掛けずにいる。年も二歳ばかり急に老けたように見える。 火鉢の縁に臂をもたせて、両手で頭を押えてうつむいている吉里の前に、新造のお熊・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・新女大学終左の一篇の記事は、女大学評論並に新女大学を時事新報に掲載中、福沢先生の親しく物語られたる次第を、本年四月十四日の新報に記したるものなり。本著発表の由縁を知るに足るべきを以て茲に附記することゝせり。 ・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
出典:青空文庫