・・・きざっぽく、どうしても子供の鎧、金糸銀糸。足なが蜂の目さめるような派手な縞模様は、蜂の親切。とげある虫ゆえ、気を許すな。この腹の模様めがけて、撃て、撃て。すなわち動物学の警戒色。先輩、石坂氏への、せめて礼儀と確信ございます。」 われ・・・ 太宰治 「創生記」
・・・ 竹青に手をひかれて奥の部屋へ行くと、その部屋は暗く、卓上の銀燭は青烟を吐き、垂幕の金糸銀糸は鈍く光って、寝台には赤い小さな机が置かれ、その上に美酒佳肴がならべられて、数刻前から客を待ち顔である。「まだ、夜が明けぬのか。」魚容は間の・・・ 太宰治 「竹青」
・・・いくら米国でもこの天象を禁止し排斥する事は出来ないので、その予報の手がかりを研究しているのである。 我邦におけるこれらの現象の記録は極めて少数であるらしい。しかし現象の性質上から通例狭い区域に短時間だけしか降らないものだとすれば、降るに・・・ 寺田寅彦 「凍雨と雨氷」
・・・ 交通機関の拡がるのは、風の弱い日の火事の拡がるように全面的ではなくて、不規則な線に沿うて章魚の足のごとく菌糸のごとく播がり、又てづるもづるの触手のごとく延びるのである。それがために暗黒アフリカの真只中にロンドン製品の包紙がちらばるよう・・・ 寺田寅彦 「猫の穴掘り」
・・・一しきり襲い来る雨の足に座敷からさす灯が映えて、庭は金糸の光に満つる。恍惚としていた時に雨を侵す傘の音と軽い庭下駄の音が入口に止んで白い浴衣の姿が見えた。女中のお房が雨戸をしめに来たのである。自分は笛を下に置いて座敷にはいった。女中は縁側の・・・ 寺田寅彦 「やもり物語」
・・・先生は最初感情の動くがままに小説を書いて出版するや否や、忽ち内務省からは風俗壊乱、発売禁止、本屋からは損害賠償の手詰の談判、さて文壇からは引続き歓楽に哀傷に、放蕩に追憶と、身に引受けた看板の瑕に等しき悪名が、今はもっけの幸に、高等遊民不良少・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・と題するものが収載せられていたので、之がため僕は九月二十九日の朝、突然博文館から配達証明郵便を以て、改造社全集本の配布禁止の履行と併せて、版権侵害に対する賠償金の支払を要求せられることになった。改造社の主人山本さんが僕と博文館との間に立って・・・ 永井荷風 「申訳」
・・・しかし四、五月頃から浅草ではモデルの名画振りは禁止となり、踊子の腰のまわりには薄物や何かが次第に多く附けまとわれるようになった。そして時節もだんだん暑くなるにつれ看客の木戸前に行列するような事も少くなって来た。 一座の中で裸体になる女の・・・ 永井荷風 「裸体談義」
・・・彼の眼は牢獄の壁で近視になっていた。彼が、そのまま、天国のように眺める、山や海の上の生活にも、絶えざる闘争があり、絶えざる拷問があったが、彼はそれを見ることが出来なかった。 彼は彼一流の方法で、やっつけるだけであった。 夜の二時・・・ 葉山嘉樹 「乳色の靄」
・・・曾我の五郎十郎こそ千載の誉れ、末代の手本なれなど書立てゝ出版したらば、或は発売を禁止せらるゝことならん。如何となれば現行法律の旨に背くが故なり。其れも小説物語の戯作ならば或は妨なからんなれども、家庭の教育書、学校の読本としては必ず異論ある可・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
出典:青空文庫