・・・一段下りて、本式の学問執行は手に及ばぬことなれども、月に一、二十銭の月謝を出すか、または無月謝なれば、子供の教育を頼むという者、また幾十万の数あるべし。 それより以下幾百万の貧民は、たとい無月謝にても、あるいはまた学校より少々ずつの筆紙・・・ 福沢諭吉 「小学教育の事」
・・・オオビュルナンは技手に待っていろと云って置いて、しずかに車を下りてロメエヌ町へ曲がった。小さい、寂しい横町である。少数の職業組合が旧教の牧師の下に立って単調な生活をしていた昔をそのままに見せるこう云う町は、パリイにはこの辺を除けては残ってい・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・上月景光主のめされてはるばるのぼりけるうまのはなむけに天皇の御さきつかへてたづがねののどかにすらん難波津に行すめらぎの稀の行幸御供する君のさきはひ我もよろこぶ天使のはろばろ下りたまへりける、あやしきしはぶるひ人ど・・・ 正岡子規 「曙覧の歌」
・・・それから兄弟と一緒に峠を下りながら横の方の草原から百合の匂を二人の方へもって行ってやったりした。 どうしたんだろう、急に向うが空いちまった。僕は向うへ行くんだ。さよなら。あしたも又来てごらん。又遭えるかも知れないから。」 風の又三郎・・・ 宮沢賢治 「風野又三郎」
・・・上の寝台から下りて来ながら、 ――いやに寒いな! いかにも寒そうな声で云った。 ――まだ早いからよ、寝もたりないしね。 いくらか亢奮もしているのだ。車室には電燈がつけてある。外をのぞいたら、日の出まえの暗さだ、星が見えた。遠・・・ 宮本百合子 「新しきシベリアを横切る」
・・・我学友はあるいは台湾に往き、あるいは欧羅巴に遊ぶ途次、わざわざ門司から舟を下りて予を訪うてくれる。中にはまた酔興にも東京から来て、ここに泊まって居て共に学ぶものさえある。我官僚は初の間は虚名の先ず伝ったために、あるいは小説家を以て予を待った・・・ 森鴎外 「鴎外漁史とは誰ぞ」
・・・馬車は爪先下りの広い道を、谷底に向って走っている。谷底は薔薇色の靄に鎖されている。その早いこと飛ぶようである。しばらくして車輪が空を飛んで、町や村が遙か下の方に見えなくなった。ツァウォツキイはそれを苦しくも思わない。胸に小刀を貫いている人に・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「破落戸の昇天」
・・・二、三段ほど下りたときであった。突然、灸の尻は撃たれた鳥のように階段の下まで転った。「エヘエヘエヘエヘ。」 階段の上では、女の子は一層高く笑って面白がった。「エヘエヘエヘエヘ。」 物音を聞きつけて灸の母は馳けて来た。「ど・・・ 横光利一 「赤い着物」
・・・その方を見ると、浴客が海へ下りて行く階段を、エルリングが修覆している。 己が会釈をすると、エルリングは鳥打帽の庇に手を掛けたが、直ぐそのまま為事を続けている。暫く立って見ている内に、階段は立派に直った。「お前さんも海水浴をするかね」・・・ 著:ランドハンス 訳:森鴎外 「冬の王」
・・・森が大層広いのを幸いその後鹿や兎を沢山にお放しになって遊猟場に変えておしまいなさり、また最寄の小高見へ別荘をお建てになって、毎年秋の木の葉を鹿ががさつかせるという時分、大したお供揃で猟犬や馬を率せてお下りになったんです。いらっしゃれば大概二・・・ 若松賤子 「忘れ形見」
出典:青空文庫