・・・それはあなたが、くだらない弟子たち全部から離れて、また天の父の御教えとやらを説かれることもお止しになり、つつましい民のひとりとして、お母のマリヤ様と、私と、それだけで静かな一生を、永く暮して行くことであります。私の村には、まだ私の小さい家が・・・ 太宰治 「駈込み訴え」
・・・それなら止した方がいいのではあるまいか。いつも僕はつらい思いをしている。こんなものを、――そんな感じがして閉口して居る。殆ど自分一人で何から何迄、やって来たのだが、それだけ余計に僕は此の雑誌にこだわって居る。此の雑誌を出してからは、僕は自分・・・ 太宰治 「喝采」
・・・ころ三十七、八、猫背で、獅子鼻で、反歯で、色が浅黒くッて、頬髯が煩さそうに顔の半面を蔽って、ちょっと見ると恐ろしい容貌、若い女などは昼間出逢っても気味悪く思うほどだが、それにも似合わず、眼には柔和なやさしいところがあって、絶えず何物をか見て・・・ 田山花袋 「少女病」
・・・それでもし生徒が文学的の傾向があるなら、それにはラテン、グリーキも十分にやらせて、その代り性に合わない学科でいじめるのは止した方がいい……」 これは明らかに数学などを指したものである。数学嫌いの生徒は日本に限らないと見えて、モスコフスキ・・・ 寺田寅彦 「アインシュタインの教育観」
・・・絵日傘をさした田舎くさいドイツ人夫婦が恐ろしくおおぜいの子供をつれて谷を見おろしていた。 動物園がある。熊にせんべいを買って口の中へ投げ込んでやる。口をいっぱいにあいて下へ落ちたせんべいのありうる可能性などは考えないで悠然として次のを待・・・ 寺田寅彦 「あひると猿」
・・・はもう止した。「浮世の匂」をかぐ暇もない。障子は風がもり、畳は毛立っている。霜柱にあれた庭を飾るものは子供の襁褓くらいなものだ。この頃の僕は何だかだんだんに変って来る。美しい物の影が次第に心から消えて行く。金がほしくなる。かつて二階から見下・・・ 寺田寅彦 「イタリア人」
・・・は砂堆ですなわち長い砂嘴。孕 「パラモイ」は広き静処で湾の名になる。しかしチャムで「ハラム」は閉鎖の義であるからその方かもしれぬ。比島 「ピ」は小の義、「シュマ」は石。サ島 「サ」は乾、乾出せる岩礁か。万々 「メム」は沼また・・・ 寺田寅彦 「土佐の地名」
・・・そして自分にも碌に分らないような事をいい加減に教えていると、次第々々に自分が墮落して行くような気がすると云っていたが、一年ばかりでとうとう止してしまった。そうして月給がなくなって困る/\とこぼしながらぶらぶらしていた。地方の中学にからりに好・・・ 寺田寅彦 「まじょりか皿」
・・・斬りつ斬られつした両人も、死は一切の恩怨を消してしまって谷一重のさし向い、安らかに眠っている。今日の我らが人情の眼から見れば、松陰はもとより醇乎として醇なる志士の典型、井伊も幕末の重荷を背負って立った剛骨の好男児、朝に立ち野に分れて斬るの殺・・・ 徳冨蘆花 「謀叛論(草稿)」
・・・なにかどなりながら竹箒をかついで子供をおっかけてきた腰巻一つの内儀さんや、ふんどしひとつのすねをたたきながら、ひさし下のしおたれた朝顔のつるをなおしているおやじさんや、さわがしい夕飯まえの路地うちをいくつもまがってから、長屋のはしっこの家の・・・ 徳永直 「白い道」
出典:青空文庫