・・・お前のような身のほど知らずのさもしい女ばかりいるから日本は苦戦するのだ。お前なんかは薄のろの馬鹿だから、日本は勝つとでも思っているんだろう。ばか、ばか。どだい、もうこの戦争は話にならねえのだ。ケツネと犬さ。くるくるっとまわって、ぱたりとたお・・・ 太宰治 「貨幣」
・・・僕にはそれもまたさもしい感じで、ただ軽侮の念を増しただけであった。 ことしのお正月、僕は近所へ年始まわりに歩いたついでにちょっと青扇のところへも立ち寄ってみた。そのとき玄関をあけたら赤ちゃけた胴の長い犬がだしぬけに僕に吠えついたのにびっ・・・ 太宰治 「彼は昔の彼ならず」
・・・多くの肉親の中で私ひとりが、さもしい貧乏人根性の、下等な醜い男になってしまったのだと、はっきり思い知らされて、私はひそかに苦笑していた。「便所は?」と私は聞いた。 英治さんは変な顔をした。「なあんだ、」北さんは笑って、「ご自分の・・・ 太宰治 「帰去来」
・・・殊にも、おのが貴族の血統を、何くわぬ顔して一こと書き加えていたという事実に就いては、全くもって、女子小人の虚飾。さもしい真似をして呉れたものである。けれども、その夜あんなに私をくやしがらせて、ついに声たてて泣かせてしまったものは、これら乱雑・・・ 太宰治 「狂言の神」
・・・嗟、僕は臆病者だ、女の腐ったみたいなものだ、そんなに、この会がいやならば、なぜ袴をはいて出席したりなどするのだ、お前のさもしい焦躁は、見え透いているぞ、と自分を叱ったり、とにかく、その時の私の心境は、全然なっていなかったのである。ただ、そわ・・・ 太宰治 「善蔵を思う」
・・・ 酔った女をつれて、夜おそく宿の門をたたいたとあれば、だいいち新進作家としての名誉はどうなる、死んでもそのようなさもしいことはできない。「おい、君、もう帰れよ。君は、いでゆに寝泊りしているんだろう? こんどは僕が送って行ってやるよ。・・・ 太宰治 「断崖の錯覚」
・・・貴下は御自分の貧寒の事や、吝嗇の事や、さもしい夫婦喧嘩、下品な御病気、それから容貌のずいぶん醜い事や、身なりの汚い事、蛸の脚なんかを齧って焼酎を飲んで、あばれて、地べたに寝る事、借金だらけ、その他たくさん不名誉な、きたならしい事ばかり、少し・・・ 太宰治 「恥」
・・・のすぐあとでこのフランス的なるフランス映画を見たことは望外のおもしろい回り合わせであった。さもしい譬喩ではあるが、言わばビフテキのあとで良いサラダを食ったような感じがある。あるいはまたドイツの近代画家の絵とフランス近代画家の絵との二つの展覧・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・そのバタというものの名前さえも知らず、きれいな切り子ガラスの小さな壺にはいった妙な黄色い蝋のようなものを、象牙の耳かきのようなものでしゃくい出してパンになすりつけて食っているのを、隣席からさもしい好奇の目を見張っていたくらいである。その一方・・・ 寺田寅彦 「コーヒー哲学序説」
・・・ ことによると、実は自分自身の中にも、そういうふうに外国人に追従を売るようなさもしい情け無い弱点があるのを、平素は自分で無理にごまかし押しかくしている。それを今眼前に暴露されるような気がして、思わずむっとして、そうして憂鬱になったのかも・・・ 寺田寅彦 「試験管」
出典:青空文庫