・・・ 風説は風説を生じ、弁明は弁明を産み、数日間の新聞はこの噂の筆を絶たなかったが、いくばくもなく風説の女主人公たる貴夫人の夫君が一足飛びの栄職に就いたのが復たもや疑問の種子となって、喧々囂々の批評が更に新らしく繰返された。 が、風説は・・・ 内田魯庵 「四十年前」
・・・やがて、包みが解かれると、中から、数種の草花の種子が出てきたのであります。 その草花の種子は、南アメリカから、送られてきたのでした。「きっと、美しい花が咲くにちがいない。」と、みんなは、たのしみにして、それを黒い素焼きの鉢に、別々にして・・・ 小川未明 「青い花の香り」
・・・こうして、鳥にたべられて、その鳥が、遠方に飛んでいって、ふんをすると種子が、その中にはいっていて、芽を出すこともあるのです。そして、その芽が大きく伸びて、一本の木となった時分には、その木の親木は、もう、枯れていることもあります。またじょうぶ・・・ 小川未明 「赤い実」
・・・あの堅い土の下にくぐっている時分には、同じような種子はいくつもあった。そして、暗い土の中で、みんなはいろいろのことを語り合ったものだ。「早く、明るい世の中へ出たいのだが、みんながいっしょに出られるだろうか。」と、一つの種子がいうと、・・・ 小川未明 「明るき世界へ」
・・・あの種子はどうしたのだろうね。」 二郎さんは日の光に、銀色にかがやいているゆりを見ていいました。「お父さんが、田舎から、持っていらしたのだ。」と、太郎さんが教えました。「山へいくとたくさん咲いているのだろうね。田舎へいってみたい・・・ 小川未明 「黒いちょうとお母さん」
・・・この種の読物こそ、階級闘争の種子を蒔き、その激化を将来に誘発する因となるものです。 すべて、人間は、良心ある生活を送らなければならぬ。そして正直に生きなければならぬ。また、愛し扶け合わなければならぬし、正義のためには自己を犠牲にして戦わ・・・ 小川未明 「童話を書く時の心」
正ちゃんは、左ぎっちょで、はしを持つにも左手です。まりを投げるのにも、右手でなくて左手です。「正ちゃんは、左ピッチャーだね。」と、みんなにいわれました。 けれど、学校のお習字は、どうしても右手でなくてはいけませんので、お習字の・・・ 小川未明 「左ぎっちょの正ちゃん」
・・・この頃は気持が乱れていますのんか、お手が下ったて、お習字の先生に叱られてばっかりしてますんです。ほんまに良い字を書くのは、むつかしいですわね。けど、お習字してますと、なんやこう、悩みや苦しみがみな忘れてしまえるみたい気イしますのんで、私好き・・・ 織田作之助 「秋深き」
・・・その出品は重に習字、図画、女子は仕立物等で、生徒の父兄姉妹は朝からぞろぞろと押かける。取りどりの評判。製作物を出した生徒は気が気でない、皆なそわそわして展覧室を出たり入ったりしている。自分もこの展覧会に出品するつもりで画紙一枚に大きく馬の頭・・・ 国木田独歩 「画の悲み」
・・・鳩は麦の種子を食う。金肥えの鰊粕を食う。鳩を追う。が、人がいなくなると、鳩はまたやって来る。「くそッ!」 米吉は、とうとうカンシャク玉を破裂さした、生活の糧まで食われるという法はなかった。古い猟銃を持ち出して、散弾をこめた。引鉄を握・・・ 黒島伝治 「名勝地帯」
出典:青空文庫