・・・ メリヤス工場の職工募集員は、うるさく、若者や娘のある家々を歩きまわっていた。三 トシエは、家へ来た翌日から悪阻で苦るしんだ。蛙が、夜がな夜ッぴて水田でやかましく鳴き騒いでいた。夏が近づいていた。 黄金色の皮に、青味・・・ 黒島伝治 「浮動する地価」
・・・ お君が首になったというので、メリヤス工場の若い職工たちは寄々協議をしていた。お君の夫がこの工場から抜かれて行ってから、工場主は恐いものがいなくなったので、勝手なことを職工達に押しつけようとしていた。首切り、それはもはやお君一人のことで・・・ 小林多喜二 「父帰る」
・・・ そのうちに、町には急に或大工場が出来て、何千人という職工たちが移住して来ました。そのために、町の外へは、どんどん家がたちつまりました。こうして町が大きくなるにつれて、方々からいろいろの人がどっさり入りこんで来ます。その中には、浮浪人も・・・ 鈴木三重吉 「やどなし犬」
・・・そのかたは、ね、職工さんよ。職工長。そのかたがいなければ、工場の機械が動かないんですって。大きい、山みたいな感じの、しっかりした方。 ――私とは、ちがうね。 ――ええ、学問は無いの。研究なんか、なさらないわ。けれども、なかなか、腕が・・・ 太宰治 「愛と美について」
・・・「将来の燭光を見た時の心の姿です。」「現在の?」「それは使いものになりません。ばかです。」「あなたには自信がありますか。」「あります。」「芸術とは何ですか。」「すみれの花です。」「つまらない。」「・・・ 太宰治 「かすかな声」
・・・たくましく生きている職工さん、軍人さんは、いまこそ芸術を、美しさを、気ままに純粋に、たのしんでいるのでは無いか。「大デュマなんて、面白いじゃあないですか。ボードレエルの詩だって、なかなか変ったものですね。こないだ、なんといったかなあ、シ・・・ 太宰治 「正直ノオト」
・・・印刷所と申しましても、工場には主人と職工二人とそれから私と四人だけ働いている小さい個人経営の印刷所で、チラシだの名刺だのを引受けて刷っていたのでございますが、ちょうどその頃は日露戦争の直後で、東京でも電車が走りはじめるやら、ハイカラな西洋建・・・ 太宰治 「男女同権」
・・・服装というものは不思議なもので、第二国民兵の服装をしていると、どんな人でも、ねっからの第二国民兵に見えて来るもので、職業、年齢、知識、財産などのにおいは全然、消えてしまって、お医者も職工さんも重役も床屋さんも、みんな同年配の同資格の第二国民・・・ 太宰治 「鉄面皮」
・・・機械文化の頂点を示すべき映画の中で、一人の職工は有り余っているべき動力の洪水の中にいながら、最も原始的なその筋肉エネルギーを極度に消費して大きなダイアルの針を回し、そうして、疲れ切って倒れ、そのために大破壊が起こったりする。あの魯鈍な機械に・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・ 途中から乗った学生とも職工ともつかぬ男が、ベンチの肱掛けに腰をおろして周囲の女生徒にいろんな冗談を言って笑わしていた。「学校はどこ……小石川?、○○? △△?……」などと女学校の名前らしいものを列挙していたが生徒のほうではだれもはっき・・・ 寺田寅彦 「写生紀行」
出典:青空文庫