・・・ よく聞いてみるとある会社の職工であったが機械に喰い込まれて怪我をしたというのである。そして多くの物貰いに共通なように、国へ帰るには旅費がないというような事も訴えていた。 幾度となくおじぎをしては私を見上げる彼の悲しげな眼を見ていた・・・ 寺田寅彦 「小さな出来事」
・・・筆の先を紙になすりつけ、それが数尾のごまめを表わし得て生動の妙を示したところで、これはあまりに職工的なあるいはむしろアクロバチックの芸当であって本当の芸術家としてむしろ恥ずべき事ではあるまいか。文学にしても枕詞やかけ言葉を喜ぶような時代は過・・・ 寺田寅彦 「津田青楓君の画と南画の芸術的価値」
・・・やがて時計台の下で電気ベルが鳴りだすと、とたんにどの建物からも職工たちがはじけでてくる。守衛はまだ門をひらかないのに、内がわはたちまち人々であふれてきた。三吉はいそいで橋をわたり、それからふたたび鉄の門へむかって歩きだす。――きょうはどのへ・・・ 徳永直 「白い道」
・・・白い雨外套を着た職工風の男が一人、絣りの着流しに八字髭を生しながらその顔立はいかにも田舎臭い四十年配の男が一人、妾風の大丸髷に寄席芸人とも見える角袖コートの男が一人。医者とも見える眼鏡の紳士が一人。汚れた襟付の袷に半纏を重ねた遣手婆のような・・・ 永井荷風 「寺じまの記」
・・・そのために人夫を百人雇う。職工を千人雇う。そうして彼らの間に規律と云うものが無かったならば、――彼らのうちには今日は頭が痛いから休むというものもできようし、朝の七時からは厭だからおれは午後から出るとわがままを云うものもできようし、あるいは今・・・ 夏目漱石 「中味と形式」
・・・二三日前さる所へ呼ばれてシルクハットにフロックで出かけたら、向うから来た二人の職工みたような者が a handsome Jap. といった。ありがたいんだか失敬なんだか分らない。せんだって或芝居へ行った。大入で這入れないからガレリーで立見を・・・ 夏目漱石 「倫敦消息」
・・・技師は職工を何人かつれて来て、中に黒人労働者もいた。白人職工が何かのことで、議論する間もなくいきなり手を上げて黒人の仲間を殴った。彼は故郷自由の国アメリカ、黒人に対する私刑 オムスクから二時間ばかりのところに、すっかり新しい穀物輸送・・・ 宮本百合子 「新しきシベリアを横切る」
・・・ 皺のある大きい老職工の顔のかぶさった肉体的な全容積と頑固な形をしているくせにその仕事にかけての巧妙さを語る大きい手先とが、小さな覗き眼鏡の円筒を中心として、その小さい道具を既に生理の一部分にとかしこんでいるような吸着力で捉えられている・・・ 宮本百合子 「ヴォルフの世界」
・・・家庭の主婦の心労や骨折や或は無智が、職工さんのお弁当の量は多くて質の足りない組合わせを結果して来てもいるだろうし、代用食と云えばうどんで子供は食慾もなくしている始末にもなっていよう。何をたべたか、何がたべたいかという結果として出たところで調・・・ 宮本百合子 「「うどんくい」」
・・・二百六十四名、主に少女工剣劇ファン○職工と女工と別の出入口をもっているところもある。○壁のわきのゴミ箱。○脱衣室のわきの三尺の大窓。○あき地で塀なし。わきから通って、となりの工場へ行ける?○三井品川工場 塩原文作。資・・・ 宮本百合子 「工場労働者の生活について」
出典:青空文庫