・・・元日から店びらきしょ思て、そら天手古舞しましたぜ」 場所がいいのか、老舗であるのか、安いのか、繁昌していた。「珈琲も出したらどうだね。ケーキつき五円。――入口の暖簾は変えたらどうだ、ありゃまるでオムツみたいだからね」 私は出資者・・・ 織田作之助 「神経」
・・・「勝ちゃん。ここ何てとこ?」彼はそんなことを訊いてみた。「しょうせんかく」「朝鮮閣?」「ううん、しょうせんかく」「朝鮮閣?」「しょう―せん―かく」「朝―鮮―閣?」「うん」と言って彼の手をぴしゃと叩いた。 ・・・ 梶井基次郎 「城のある町にて」
・・・と光代はまだ余波を残して、私はお湯にでも参りましょうか。と畳みたる枕を抱えながら立ち上る。そんなことを言わずに、これ、出してくれよと下から出れば、ここぞという見得に勇み立ちて威丈高に、私はお湯に参ります。奥村さんに出しておもらいなさいまし。・・・ 川上眉山 「書記官」
・・・どうしたと言うんでしょう?」「だから私が言わんことじゃあない。その通りだ、安普請をするとその通りだ。原などは余り経費がかかり過ぎるなんて理窟を並べたが、こういう実例が上ってみると文句はあるまい。全体大切な児童を幾百人と集るのだもの、丈夫・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・彼は鼻も口も一しょになってしまうような泣き面をした。「俺は殺され度くない。いつ、そんな殺されるような悪いことをしたんだ!」と眼は訴えていた。「俺は生きられるだけ生きたいんだ! 朝鮮人だって、生きる権利は持っている筈だ!」そう云っているように・・・ 黒島伝治 「穴」
・・・鼎は遂に京口のきしょうほうの手に渡った。それから毘陵の唐太常凝菴が非常に懇望して、とうとう凝菴の手に入ったが、この凝菴という人は、地位もあり富力もある上に、博雅で、鑒識にも長け、勿論学問もあった人だったから、家には非常に多くの優秀な骨董を有・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・自分と一しょに歩いているものが誰だということをも考えないのである。連とはいいながら、どの人をも今まで見た事はない。ただふいと一しょになったのである。老人の前を行く二人は、跡から来る足音を聞いた。そして老人の興奮した、顫えるような息づかいを自・・・ 著:シュミットボンウィルヘルム 訳:森鴎外 「鴉」
・・・じいさんはそれを聞いて、「では私がなって上げましょう。私だからと言って、さきでお悔みになるようなことは決してありません。」と親切に言ってくれました。夫婦は、もう乞食でも何でもかまわないと思って、一しょにお寺へいってもらいました。 坊・・・ 鈴木三重吉 「黄金鳥」
・・・好い人形でしょう。目をくるくる廻して、首がどっちへでも向くのよ。好いじゃないか。このコルクのピストルはマヤに遣るの。(コルクを填こわくって。わたしがお前さんを撃ち殺すかと思ったの。まさかお前さんがそんなことを思うだろうとは、・・・ 著:ストリンドベリアウグスト 訳:森鴎外 「一人舞台」
・・・さいしょ田舎の小学校の屋根や柵が映されて、小供の唱歌が聞えて来た。嘉七は、それに泣かされた。「恋人どうしはね、」嘉七は暗闇のなかで笑いながら妻に話しかけた。「こうして活動を見ていながら、こうやって手を握り合っているものだそうだ。」ふびん・・・ 太宰治 「姥捨」
出典:青空文庫