・・・その上に、冬のモンスーンは火事をあおり、春の不連続線は山火事をたきつけ、夏の山水美はまさしく雷雨の醸成に適し、秋の野分は稲の花時刈り入れ時をねらって来るようである。日本人を日本人にしたのは実は学校でも文部省でもなくて、神代から今日まで根気よ・・・ 寺田寅彦 「災難雑考」
・・・ 転向の原因、勢力消長の決定因子が徹底的に分らない限り、一時間後の予報は出来ても一昼夜後の情勢を的確に予報することは実は甚だ困難な状況にあるのである。 これらの根本的決定因子を知るには一体どこを捜せばよいかというと、それはおそらく颱・・・ 寺田寅彦 「颱風雑俎」
・・・新聞のジャーナリズムは幾多の猫又を製造しまた帝都の真中に鬼を躍らせる。新聞の醸成したセンセーショナルな事件は珍しくもない。例えば三原山の火口に人を呼ぶ死神などもみんな新聞の反古の中から生れたものであることは周知のことである。 第三十八段・・・ 寺田寅彦 「徒然草の鑑賞」
・・・ 耳を聾するような音と、眼を眩するような光の強さはその中にかえって澄み通った静寂を醸成する。ただそれはものの空虚なための静かさでなくて、ものの充実しきった時の不思議な静かさである。 はげしい音波の衝動のために、害虫がはたしてふる・・・ 寺田寅彦 「田園雑感」
・・・こっちの情勢を高島に報告するのであるが、三吉は三吉で、もう今夜の演説会で、「新人会熊本支部」もおしまいだ、などと考えているのだった。「だから、労働者グループは、いまじゃ青井君一人ぽっちですよ」 下宿の二階にあがると、古藤にかわって福・・・ 徳永直 「白い道」
・・・その由って来るところを尋ねる時、少年のころ親しく見聞した社会一般の情勢を回顧しなければならない。即ち明治十年から二十二、三年に至る間の世のありさまである。この時代にあって、社会の上層に立っていたものは官吏である。官吏の中その勲功を誇っていた・・・ 永井荷風 「西瓜」
・・・今日の世界状勢は世界が何処までも一とならざるべからざるが故に、各国家が何処までも各自に国家主義的たらねばならぬのである。而してかかる多と一との媒介として、共栄圏という如き特殊的世界が要求せられるのである。 我国民の思想指導及び学問教・・・ 西田幾多郎 「世界新秩序の原理」
・・・我輩は不文なる上世の一例に心酔して今日の事を断ぜんとする者に非ず。畢竟するに女大学記者が男尊女卑の主義を張らんとして其根拠なきに苦しみ、纔に古の法なるものを仮り来りて天地など言う空想を楯にし、論法を荘厳にして以て女性を圧倒し、無理にもこれを・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・もし時代をもって言えば国の東西を問わず、上世には消極的美多く後世には積極的美多し。されば唐時代の文学より悟入したる芭蕉は俳句の上に消極の意匠を用うること多く、従って後世芭蕉派と称する者また多くこれに倣う。その寂といい、雅といい、幽玄といい、・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・ 短い月日の間に、はげしく推移する情勢に応じて書かれた一九三三年ごろの諸評論には、いそいで刻下に必要な階級文化のための土台ごしらえを堅めようとする著者のたたかいの気迫がみなぎっている。そのたたかいの気迫、抵抗の猛勇な精神は、その情勢の中・・・ 宮本百合子 「巖の花」
出典:青空文庫