・・・馬はずるずる後退しそうになる。石畳の上に爪立てた蹄のうらがきらりと光って、口の泡が白い。痩せた肩に湯気が立つ。ピシ、ピシと敲かれ、悲鳴をあげ、空を噛みながら、やっと渡ることができる。それまでの苦労は実に大変だ。彼は見ていて胸が痛む。轍の音が・・・ 織田作之助 「馬地獄」
・・・だが、まだいくらか時間の余裕はあったから、少しだけつきあって、いよいよとなれば席を外して駈けつけよう、そんな風な虫のよいことを考えてついて行ったところ、こんどはその席を外すということが容易でなく、結局ずるずると引っ張られて、到頭遅刻してしま・・・ 織田作之助 「天衣無縫」
・・・そのくせ彼は舗道の両側の店の戸が閉まり、ゴミ箱が出され、バタ屋が懐中電燈を持って歩きまわる時刻までずるずると街にいて彷徨をつづけ、そしてぐったりと疲れて乗り込むのは、印で押したようにいつも終電車である。 佐伯が帰って来る頃には、改札口の・・・ 織田作之助 「道」
・・・起きあがろうとすると、力を入れた足がまたずるずる滑って行った。今度は片肱をつき、尻餅をつき、背中まで地面につけて、やっとその姿勢で身体は止った。止った所はもう一つの傾斜へ続く、ちょっと階段の踊り場のようになった所であった。自分は鞄を持った片・・・ 梶井基次郎 「路上」
・・・眠った。ずるずる滑っているのをかすかに意識した。 寒い。眼をあいた。まっくらだった。月かげがこぼれ落ちて、ここは?――はっと気附いた。 おれは生き残った。 のどへ手をやる。兵古帯は、ちゃんとからみついている。腰が、つめたかった。・・・ 太宰治 「姥捨」
・・・結局ずるずる引きずられながら、かれは何かを待っていた。 三 とみから手紙が来た。 三日まえから沼津の海へロケーションに来ています。私は、浪のしぶきをじっと見つめて居ると、きっとラムネが飲みたくなります。富士山・・・ 太宰治 「花燭」
・・・そのままずるずると僕たちのおかしなつきあいがはじまったのである。泥酔した翌る日いちにち、僕は狐か狸にでも化かされたようなぼんやりした気持ちであった。青扇は、どうしても普通でない。僕もこのとしになるまで、まだ独身で毎日毎日をぶらりぶらり遊んで・・・ 太宰治 「彼は昔の彼ならず」
・・・そのまま、ずるずる引きずって食堂へはいった。こんな奴に、ばかにされてたまるか、という野蛮な、動物的な格闘意識が勃然と目ざめ、とかく怯弱な私を、そんなにも敏捷に、ほとんど奇蹟的なくらい頑強に行動させた。佐伯は尚も、のがれようとしてもがいた。・・・ 太宰治 「乞食学生」
おのれの行く末を思い、ぞっとして、いても立っても居られぬ思いの宵は、その本郷のアパアトから、ステッキずるずるひきずりながら上野公園まで歩いてみる。九月もなかば過ぎた頃のことである。私の白地の浴衣も、すでに季節はずれの感があ・・・ 太宰治 「座興に非ず」
・・・危ないと車掌が絶叫したのも遅し早し、上りの電車が運悪く地を撼かしてやってきたので、たちまちその黒い大きい一塊物は、あなやという間に、三、四間ずるずると引き摺られて、紅い血が一線長くレールを染めた。 非常警笛が空気を劈いてけたたましく鳴っ・・・ 田山花袋 「少女病」
出典:青空文庫