・・・暫時二人は門外の石橋のところに佇立みながら、混雑した往来の光景を眺めた。旧い都が倒れかかって、未だそこここに徳川時代からの遺物も散在しているところは――丁度、熾んに燃えている火と、煙と、人とに満された火事場の雑踏を思い起させる。新東京――こ・・・ 島崎藤村 「並木」
・・・私は教会は、きらいでありますが、でも、この人のお説教は、度々聞きにまいります。先日、その牧師さんが、苺の苗をどっさり持って来てくれて、私の家の狭い庭に、ご自身でさっさと植えてしまいました。その後で、私は、この牧師さんに、れいの女房の遺書を読・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・私はあの人に説教させ、群集からこっそり賽銭を巻き上げ、また、村の物持ちから供物を取り立て、宿舎の世話から日常衣食の購求まで、煩をいとわず、してあげていたのに、あの人はもとより弟子の馬鹿どもまで、私に一言のお礼も言わない。お礼を言わぬどころか・・・ 太宰治 「駈込み訴え」
・・・ わけのわからぬ問答に問答をかさねて、そのうちに、久保田氏は、精神とかジャンルとか現象とかのこむずかしい言葉を言い出し、若い作家の読書力減退についてのお説教がはじまり、これは、まさしく久保田万太郎なのかもしれないなどと思ったら酔いも一時・・・ 太宰治 「狂言の神」
・・・高橋君は、すぐ編輯長に呼ばれて、三時間、直立不動の姿勢でもって、説教きかされ、お説教中、五たび、六たび、編輯長をその場で殺そうと決意したそうでございます。とうとう仕舞いには、卒倒、おびただしき鼻血。私たち、なんにも申し合わせなかったのに、そ・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・私の性格の中には、石橋をたたいて渡るケチな用心深さも、たぶんに在るようだ。「あのあとで、お二人とも文治さんに何か言われはしなかったですか? 北さん、どうですか?」「それあ、兄さんの立場として、」北さんは思案深げに、「御親戚のかた達の手前・・・ 太宰治 「故郷」
・・・大きい道ではあるが、一つとして滑らかな平らかなところがない。これが雨が一日降ると、壁土のように柔らかくなって、靴どころか、長い脛もその半ばを没してしまうのだ。大石橋の戦争の前の晩、暗い闇の泥濘を三里もこねまわした。背の上から頭の髪まではねが・・・ 田山花袋 「一兵卒」
・・・ 労働至上主義などというかび臭い説教はこの映画のどこからも自分には感じられない。この映画を見ていると工場の中で器械として働く人間は刑務所に働く囚徒と全く同じもののように思われる。学校生徒も同様である。この映画に現われる社交界の人々もやは・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・何かの説教でもあるかと思ってよく見ると、それは Sermon でなくて Salmon day であった。鮭の鑵詰を食う日で、すなわちその鑵詰の広告のようなものと判断された。そうしてそれが当日行われたいわゆる「節約デー」に因んだものだという事・・・ 寺田寅彦 「雑記(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・後の方でダーダーと云う者があるからふりかえると、五、六間後の畔道の分れた処の石橋の上に馬が立っている。その後についているのは十五、六の色の黒い白手拭を冠った女の子であった。馬はどっちへ行こうかと云う風で立止っていると、女の子は馬の腹をくぐっ・・・ 寺田寅彦 「鴫つき」
出典:青空文庫