・・・ 空濠にかけてある石橋を渡って行くと向うに一つの塔がある。これは丸形の石造で石油タンクの状をなしてあたかも巨人の門柱のごとく左右に屹立している。その中間を連ねている建物の下を潜って向へ抜ける。中塔とはこの事である。少し行くと左手に鐘塔が・・・ 夏目漱石 「倫敦塔」
・・・然るに主人の口吻は常に家内安全を主とし質素正直を旨とし、その説教を聞けばすこぶる愚ならずして味あるが如くなれども、最大有力の御用向きかまたは用向きなるものに逢えば、平生の説教も忽ち勢力を失い、銭を費やすも勤めなり、車馬に乗るも勤めなり、家内・・・ 福沢諭吉 「教育の事」
・・・是れ教法の提灯持のみ、小説めいた説教のみ。豈に呼で真の小説となすにたらんや。さはいえ摸写々々とばかりにて如何なるものと論定めておかざれば、此方にも胡乱の所あるというもの。よって試に其大略を陳んに、摸写といえることは実相を仮りて虚相を写し出す・・・ 二葉亭四迷 「小説総論」
・・・ 皮剥けば青けむり立つ蜜柑かな 石橋山の麓を過ぐ頼朝の隠れし処もかなたの山にありと人のいえど日已に傾むきかかれば得行かず。ただ 木のうろに隠れうせけりけらつゝきなど戯る。小田原を過ぐればこの頃の天気の癖とて雨はらはら・・・ 正岡子規 「旅の旅の旅」
・・・ある日、狸は自分の家で、例のとおりありがたいごきとうをしていますと、狼がお米を三升さげて来て、どうかお説教をねがいますと云いました。 そこで狸は云いました。「みんな山ねこさまのおぼしめしじゃ。お前がお米を三升もって来たのも、わしがお・・・ 宮沢賢治 「蜘蛛となめくじと狸」
・・・ぼくお説教できいたんです。」 山猫はなるほどというふうにうなずいて、それからいかにも気取って、繻子のきものの胸を開いて、黄いろの陣羽織をちょっと出してどんぐりどもに申しわたしました。「よろしい。しずかにしろ。申しわたしだ。このなかで・・・ 宮沢賢治 「どんぐりと山猫」
・・・さっきの説教の松の木のまわりになった六本にはどれにも四疋から八疋ぐらいまで梟がとまっていました。低く出た三本のならんだ枝に三疋の子供の梟がとまっていました。きっと兄弟だったでしょうがどれも銀いろで大さは。善くこれを思念せよ。我今汝に、梟鵄諸・・・ 宮沢賢治 「二十六夜」
・・・三文文士がこの字で幼稚な読者をごまかし、説教壇からこの字を叫んで戦争を煽動し、最も軽薄な愛人たちが、彼等のさまざまなモメントに、愛を囁いて、一人一人男や女をだましています。 愛という字は、こんなきたならしい扱いをうけていていいでしょうか・・・ 宮本百合子 「愛」
・・・始めて Jefferson の説教を聞く。 三日二月 八日 始めての雪。Avery で、午後こっそりお菓子を買いに行って、来て居た和田とAにあげる。夜九時半頃まで Seminar に居てあとは雪の中のキャムパスを歩く。それか・・・ 宮本百合子 「「黄銅時代」創作メモ」
・・・そして石橋の柱に藍染川とかかれていた。その橋から先はもう小川について行くことができなかった。空の雲を水の面にうつして流れている水は町へ入ったそのあたりから左右を石崖にたたまれ、その崖上の藪かげ、竹垣の下をどこへか行っていた。わたしたち子供は・・・ 宮本百合子 「菊人形」
出典:青空文庫