・・・「壮観でしたよ。眉山がミソを踏んづけちゃってね。」「ミソ?」 僕は、カウンターに片肘をのせて立っているおかみさんの顔を見た。 おかみさんは、いかにも不機嫌そうに眉をひそめ、それから仕方無さそうに笑い出し、「話にも何もなり・・・ 太宰治 「眉山」
・・・少しずつノオトに書きしるしていっているのであるが、いま、「文芸雑誌。」創刊号になにか書くことをすすめられ、何を書こうかと、ノオトを二冊も三冊も出してあちらを覗き、こちらを覗きして、夕暮より、朝までかかった。どれもこれも、胸にひっからまり、工・・・ 太宰治 「もの思う葦」
・・・炸弾の壮観も眼前に浮かぶ。けれど七、八里を隔てたこの満洲の野は、さびしい秋風が夕日を吹いているばかり、大軍の潮のごとく過ぎ去った村の平和はいつもに異ならぬ。 「今度の戦争は大きいだろう」 「そうさ」 「一日では勝敗がつくまい」・・・ 田山花袋 「一兵卒」
・・・浪がないから竜王の下の岩に躍る白浪の壮観も見えぬ。釣船はそろそろ帆を張って帰り支度をしている。沖の礁を廻る時から右舷へ出て種崎の浜を見る。夏とはちがって人影も見えぬ和楽園の前に釣を垂れている中折帽の男がある。雑喉場の前に日本式の小さい帆前が・・・ 寺田寅彦 「高知がえり」
・・・これと汚れ方との相関もあるらしいがまだよく調べてみない。 ともかくも恐ろしいことである。「悪いことは出来ない」わけである。 四 ある家の告別式に参列して親類の列に伍して棺の片側に居並んでいた。参拝者の来る・・・ 寺田寅彦 「雑記帳より(2[#「2」はローマ数字、1-13-22])」
・・・夏中ぽつりぽつり咲いていたカンナが、今頃になって一時に満開の壮観を呈している。何とか云う名の洋紅色大輪のカンナも美しいが、しかし札幌円山公園の奥の草花園で見た鎗鶏頭の鮮紅色には及ばない。彼地の花の色は降霜に近づくほど次第に冴えて美しくなるそ・・・ 寺田寅彦 「札幌まで」
・・・ 札幌から大勢の警官に見送られて二十人余り背広服の壮漢が同乗したのが、船でもやはり一緒になった。途中の駅でもまた函館の波止場でも到る処で見送りが盛んであった。「頑張れよ」「御大事に」「しっかり頼むよ」口々にこうした激励の言葉を投げた。船・・・ 寺田寅彦 「札幌まで」
・・・なるものが存せず、すなわち「万物相関」という見方よりすれば、一つの現象を限定すべき原因条件の数はほとんど無限なるべし。それにかかわらず現に物理学のごときものの成立し、且つ実際に応用され得るは如何。これは要するに適当に選ばれたる有限の独立変数・・・ 寺田寅彦 「自然現象の予報」
・・・たとえば太陽黒点と日本の一部分のある特定の気象要素との間に或る相関を見つけたというのが、太陽黒点が地球の気象に関係するという事を始めて見つけたかのごとく報ぜられるような種類のものがはなはだ多いのである。これは担任記者の専門知識の欠乏によるの・・・ 寺田寅彦 「ジャーナリズム雑感」
・・・しかし神の取り合わせた顔と腕にはそうした簡単な相関はどうもないように見える。 食堂の入り口をながめているとさまざまの人の群れが入り込んで来る中に、よくおかあさんとお嬢さんとの一対が見られる。そうして多くの場合おかあさんよりもお嬢さんのほ・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
出典:青空文庫