・・・すると母、やはり気がとがめるかして、少し気色を更え、音がカンを帯びて、「なに私どもの処に下宿している方は曹長様ばかりだから、日曜だって平常だってそんなに変らないよ。でもね、日曜は兵が遊びに来るし、それに矢張上に立てば酒位飲まして返すから・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・ 長い机の両側に、長い腰掛を並べてある一室に通された。 曹長が鉛筆を持って這入って来て、彼と向い合って腰掛に腰かけた。獰猛な伍長よりも若そうな、小供らしい曹長だ。何か訊問するんだな、何をきかれたって、疑わしいことがあるもんか! 彼は・・・ 黒島伝治 「穴」
・・・ 彼等は、早朝から雪の曠野を歩いているのであった。彼等は、昼に、パンと乾麺麭をかじり、雪を食ってのどを湿した。 どちらへ行けばイイシに達しられるか! 右手向うの小高い丘の上から、銃を片手に提げ、片手に剣鞘を握って、斥候が馳せ下り・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
・・・ 宿舎の入口には、特務曹長が、むつかしげな、ふくれ面をして立っていた。「特務曹長殿、何かあったんでありますか?」「いや、そのう……」 特務曹長は、血のたれる豚を流し眼に見ていた。そして唇は、味気なげに歪んだ。彼等は、そこを通・・・ 黒島伝治 「前哨」
・・・入口から特務曹長がどなった。「命令が出とるんが分らんのか! 早く帰って準備をせんか!」「さ、ブウがやって来やがった。」 四 数十台の橇が兵士をのせて雪の曠野をはせていた。鈴は馬の背から取りはずされていた。・・・ 黒島伝治 「橇」
・・・好い風の来る夕方もすくなく、露の涼しい朝もすくなければ、暁から鳴く蝉の声、早朝からはじまるラジオ体操の掛声まで耳について、毎日三十度以上の熱した都会の空気の中では夜はあっても無いにもひとしかった。わたしは古人の隠逸を学ぶでも何でもなく、何と・・・ 島崎藤村 「秋草」
・・・ 二 災害の来た一日はちょうど二百十日の前日で、東京では早朝からはげしい風雨を見ましたが、十時ごろになると空も青々とはれて、平和な初秋びよりになったとおもうと、午どきになって、とつぜんぐら/\/\とゆれ出したので・・・ 鈴木三重吉 「大震火災記」
・・・それで二日の午前に、まず第一に陸軍から、大橋特務曹長操縦、林少尉同乗で、天候の観測をするよゆうもなく、冒険的に日光へ飛行機をかり、御用邸の上をせんかいしながら、「両陛下が御安泰にいらせられるなら旗をふって合図をされたい」としたためたかきつけ・・・ 鈴木三重吉 「大震火災記」
・・・に一転、斎藤実と岡田啓介に就いて人物月旦、再転しては、バナナは美味なりや、否や、三転しては、一女流作家の身の上について、さらに逆転、お互いの身なり風俗、殺したき憎しみもて左右にわかれて、あくる日は又、早朝より、めしを五杯たべて見苦しい。いや・・・ 太宰治 「喝采」
・・・八拾円ニテ、マント新調、二百円ニテ衣服ト袴ト白足袋ト一揃イ御新調ノ由、二百八拾円ノ豪華版ノ御慶客。早朝、門ニ立チテオ待チ申シテイマス。太宰治様。深沢太郎。」「謹啓。其の後御無沙汰いたして居りますが、御健勝ですか。御伺い申しあげます。二三・・・ 太宰治 「虚構の春」
出典:青空文庫