・・・ 木村項だけが炳として俗人の眸を焼くに至った変化につれて、木村項の周囲にある暗黒面は依然として、木村項の知られざる前と同じように人からその存在を忘れられるならば、日本の科学は木村博士一人の科学で、他の物理学者、数学者、化学者、乃至動植物・・・ 夏目漱石 「学者と名誉」
・・・「大方睾丸でもつつむ気だろう」 アハハハハと皆一度に笑う。余も吹き出しそうになったので職人はちょっと髪剃を顔からはずす。「面白え、あとを読みねえ」と源さん大に乗気になる。「俗人は拙が作蔵を婆化したように云う奴でげすが、そりゃ・・・ 夏目漱石 「琴のそら音」
・・・それだから、よく分った人は俗人の不思議に思うような事を毫も不思議と思わない。今まで知れた因果以外にいくらでも因果があり得るものだと承知しているからであります。ドンが鳴ると必ず昼飯だと思う連中とは少々違っています。 ここいらで前段に述べた・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・だから個人主義、私のここに述べる個人主義というものは、けっして俗人の考えているように国家に危険を及ぼすものでも何でもないので、他の存在を尊敬すると同時に自分の存在を尊敬するというのが私の解釈なのですから、立派な主義だろうと私は考えているので・・・ 夏目漱石 「私の個人主義」
・・・自己を保護せずしてかえって自己を棄てたる俗世俗人に対してすら、彼は時に一、二の罵詈を加うることなきにしもあらねど、多くはこれを一笑に付し去りて必ずしも争わざるがごとし。「独楽」の中にたのしみは木芽にやして大きなる饅頭を一つほほばりし・・・ 正岡子規 「曙覧の歌」
・・・誦するにも堪えぬ芭蕉の俳句を註釈して勿体つける俳人あれば、縁もゆかりもなき句を刻して芭蕉塚と称えこれを尊ぶ俗人もありて、芭蕉という名は徹頭徹尾尊敬の意味を表したる中に、咳唾珠を成し句々吟誦するに堪えながら、世人はこれを知らず、宗匠はこれを尊・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・人間の生活の足どりを外面的に批判しようとする俗人気質に葉子と共に作者も抵抗している。それらの点で作者の情熱ははっきり感じられるのであるが、果して作者は葉子の苦痛に満ちた激情的転々の根源を突いて、それを描破し得ているということが出来るであろう・・・ 宮本百合子 「「或る女」についてのノート」
・・・官吏、軍人、実業家の大頭の連中が、待合にゆくのが遊蕩であると考える俗人を睥睨して集合する築地の有名な待合×××を、この新聞の読者の何人が日常の接触で知っているであろうか、という質問によって。―― 横光利一氏などが中心に十円会という会があ・・・ 宮本百合子 「「大人の文学」論の現実性」
・・・ ひところの日本にあった、結婚はしたくはないが、子供は欲しいという表現は、ジュヌヴィエヴが、俗人でていさいやの父親というものに代表されているフランス社会の保守の習俗にぶっつけて、その面皮をはぐことで人間の真実の生活の顔を見ようと欲した激・・・ 宮本百合子 「結婚論の性格」
・・・他の一方には、漱石からはじまって芥川龍之介などのように、俗人的教養を否定する武器としての文学的教養を高く評価した一群の人々があった。これら二様の態度は、教養に対しては二つの端に立ちつつも、世俗的な常識に対して戦う態度は相通じたものをもってお・・・ 宮本百合子 「作家と教養の諸相」
出典:青空文庫